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第3話 風呂場で見てしまった。俺の人生終わった!

放課後の校庭。悠斗は友達と笑いながら遊んでいる。夕暮れの風が心地よく、いつもより長く外にいたせいか、額に汗がにじんでいる。


「おい、もう帰ろうぜ」と友人が声をかける。悠斗は腕を拭いながらうなずいた。


「そうだな、そろそろ帰らないと」


家路を急ぐ途中、友達がからかうように言う。


「悠斗、転校生のリュシエルって子、綺麗だよな。お姫様みたいだろ?」


悠斗は苦笑を浮かべて答える。


「だな。俺には高嶺の花だけどな」


家に着くと、汗ばんだ体をそのまま風呂場に運ぶ。べたつきを洗い流し、疲れを癒そうとする。


脱衣所の戸を開けた瞬間、思わず声をあげた。


「リュシエル!」


そこにはバスタオルを巻いたリュシエルが立っていた。浴室の湯気がまだほんのり漂い、彼女の金色の瞳が大きく見開かれている。


その声に気づいた妹の彩乃がすっ飛んできて、怒った口調で言った。


「お兄ちゃん! 何勝手にお風呂のぞいてるの! 変態!」


母の美佐も台所から声を張り上げた。


「悠斗、ちゃんと確認しなさい! リュシエルちゃんがいるのは知ってるでしょ!」


悠斗は頭を抱えながら、自室へ駆け込む。ドアを乱暴に閉めた瞬間、母の怒鳴り声が響いた。


「ドアは静かに閉めなさいって言ってるでしょ!」


ベッドに倒れ込んだ悠斗は、何が起きたのか理解できずにいる。


「あの子って、今日入学した子だよね?なんで家にいるの? しかも親戚って…?」


悠斗はざわめく胸を押さえ、先ほどの風呂場のリュシエルの姿を思い出す。


「バスタオルは巻いていた。俺は悪くない……そうだ、俺は悪くない!」


「でも、尻尾があったぞ。先が三角の……」


そこにあったのは、リュシエルの腰から伸びる細く黒い、まるで生きているかのように揺れる悪魔の尻尾だった。


夢かと思い、自分の頬を強くつねる。


「いてっ!」思わず声をあげる。痛みが現実を突きつける。


遠くから嗚咽が聞こえた。音のする方へと歩み寄ると、それは妹の部屋からだった。


そっと扉を開けると、リュシエルが小さく震えながら嗚咽を漏らしている。


肩を震わせ、涙が頬を伝う。


「もう、お嫁に行けない……」


悠斗は優しく声をかける。


「ごめん、何も見てない。心配しなくていいよ」


リュシエルはすすり泣きながら、少し顔を上げた。


「あなた、尻尾を見たでしょ……」


悠斗はとぼけるように答える。


「そんなの見てないよ、俺は見てない」


リュシエルは声をあげて泣き出す。


「尻尾は悪魔の一番恥ずかしいところ……」


悠斗は彼女の言葉に胸が締め付けられる。


「ごめん、俺はどうすればいいんだ?」


返事は返ってこない。静かな空間に彼の言葉だけが響く。


「俺も男だ。責任は全部取る」


覚悟を込めて告げると、リュシエルはふっと笑い声を漏らした。


「契約はこれで成立よ。これからは、あなたは私の眷属。『お嬢さま』と呼びなさい」


そんなの関係ない。お前って呼ぼうとしたら、口が勝手に動いて『お嬢さま』と言ってしまった。


リュシエルは舌をちょっとだけ出して、くすくすと笑う。


けれど、その頬は真っ赤に染まっている。


自分の一番恥ずかしい場所を見られたことは事実だった。


食堂から母の声が聞こえてくる。


「ごはんよー、みんな集まって!」


母の美佐は箸を置き、やわらかな笑みを浮かべて言う。


「リュシエルちゃん、うちの家族になってくれて本当に嬉しいわ。まだ慣れないこともたくさんあるだろうけど、何でも話してね」


リュシエルは少し照れたように目を伏せ、微笑み返す。


「ありがとう。ここは……温かくて、不思議な安心感があるわ」


妹の彩乃は興味津々な目でリュシエルを見つめ、口を開く。


「リュシエルお姉ちゃん、初めての学校はどうだった?」


リュシエルは少し考えてから、ゆっくりと微笑む。


「人間の学校はおもしろい。私を見るとみんな驚くの」


母が優しい声で続ける。


「あら、そうなの。リュシエルちゃんは西洋のお人形さんみたいだもの」


彩乃は元気よく頷く。


「そうだよ! お姉ちゃん、お人形さん!」


リュシエルは顔をほんのり赤らめ、照れくさそうに笑う。


「ふふ、ありがとう。これからよろしくね」


三人は笑顔を交わし、穏やかな時間が食卓を満たしていく。


だが、悠斗だけはその輪の中に入れずにいた。心ここにあらずといった様子で、黙って箸を動かすだけだった。


隣の席のリュシエルはまだ頬を赤く染めている。


ふと小さな声で悠斗に囁いた。


「ねぇ、あなただけ、私の暗示魔法が溶けたのよ。一度かかると解けないのに、不思議ね」


そして、いたずらっぽく舌を出して笑う。


「眷属にできたから、もう悠斗君は私のいいなりなんだから」


悠斗は驚きと戸惑いが入り混じった表情でリュシエルを見る。


「くそ、かわいすぎる。俺、ひょっとして、すごくラッキーなのかもな」


「でも、お嬢さまは、悪魔だぞ」と呟きながら。


鈍く光る目は、まだ【さなだ】の暖簾をじっと見つめている。

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