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第4話 眷属なんてなるもんじゃない

放課後の教室は、夕陽のやわらかな光に包まれている。窓から差し込む光が壁や机を温かなオレンジ色に染め、日常の穏やかな空気を漂わせていた。しかし、悠斗の胸はざわついている。昨日から、頭の中でリュシエルのことがぐるぐると回っているのだ。


彼は自分の席に座りながら、視線をぼんやりと窓の外に向ける。遠く揺れる木の葉が夕風にそよぎ、街路樹の影がゆっくりと伸びていくのを眺めているようで、実は心ここにあらずといった様子だった。


「なあ、悠斗」隣の席にいる友人の和也が、少し気まずそうに声をかける。和也はおどけた表情で悠斗の肩を叩いた。


「どうしたんだよ。今日、元気ないじゃん」


悠斗は苦笑を浮かべ、まだ答えがまとまらないまま口を開く。


「いや、なんでもない。ただ……ちょっと考え事をしてるだけだ」


和也は眉をひそめ、視線を伏せる。


「眷属って何だよ……やっぱり悪魔なのか?」


悠斗は返答をしない。心の中で言葉を飲み込み、視線をまた窓の外に戻した。


教室の隅では、女子数人がひそひそ話をしている。彼女たちはリュシエルの話題で盛り上がっていた。


「ねえ、リュシエルって、不思議な子よね。いつも落ち着いてるのに、近寄りがたい感じがする」


「そうそう、あの瞳、宝石みたいにキラキラしてて……憧れちゃう」


「私もああなりたい。まるで西洋のお人形さんみたい」


彼女たちの声は優しいが、同時にリュシエルを遠くに感じさせる何かがあった。


一方、男子グループは教室の後ろで肩を寄せ合い、戸惑いながら彼女を見つめている。


「なんかさ、リュシエルって遠い存在だよな」


「話しかけたいんだけど、どうしていいかわかんねえ」


悠斗はその声を耳にしつつも、彼らの会話に加わることなく、ただ黙っていた。


その時、クラス委員長の佐藤美咲がすっと立ち上がり、静かにリュシエルに話しかける。


「リュシエルさん、どの国から来られたの?」


リュシエルは一瞬驚いたように顔を上げ、やがて笑顔を浮かべて答える。


「私は、魔界から来たの。わたしの祖父は魔王マジェスティアよ。すごいでしょう?」


クラスは一瞬静まり返り、やがて笑い声が広がった。


「魔界から? リュシエルは悪魔なの?」


リュシエルは嬉しそうにうなずく。


「そうよ~、すごいでしょう~」


男子女子問わず、クラスメイトは一気にざわつき、様々な反応を示す。


「リュシエル、話し方が見た目と違う」「魔界って、ネタだろ」「でもなんか可愛いね」


リュシエルは魔界の皇女のプライドが傷つき、声を荒げた。


「じゃあ、おらが悪魔だって証明してやるっぺ!」


と突然、方言まじりの口調で宣言する。興奮すると悪魔語からの自動翻訳が方言に変わるようだ。


体を変形しようとしたが、生まれたばかりの悪魔は変形できるのが尻尾だけだった。恥ずかしくて人に見せれない。


「すると……」リュシエルの顔がみるみる赤くなっていく。


体を変形させようと魔力を巡らせる――しかし、形を変えられたのは尻尾だけだった。

生まれたばかりの悪魔は完全変形ができず、唯一変えれるのが尻尾だけであり、悪魔にとっては最も恥ずかしい部分であった。


リュシエルの顔が一気に赤くなる。

美咲がなだめるように微笑む。

「リュシエルちゃん、無理しないで。そんなことで怒らないで」


しかしリュシエルは焦りながらも声を張り上げる。


「悠斗、こっち来くるべ!」


悠斗の体は勝手に動き出す。


「ちょ、待てよ! 俺は何処に行くんだ? 俺、頑張れ、いや~やめてくれ!」


悠斗はリュシエルの前で膝をつく羽目になる。


「優斗、わたしを呼びなさい」


悠斗はしかたなく応じる。


「はい、お嬢様。ご用は何でしょうか?」


クラスの皆は呆れながらも苦笑している。


クラスメイトの和也が、からかうように悠斗に声をかける。


「おまえ、いつから漫才師目指してるんだよ」


悠斗は慌てて言い返す。


「漫才なんかじゃない! 俺の体、何とか戻してくれよ!」


しかし、クラスの皆は、ふたりのやり取りを漫才のようにしか見ていなかった。


リュシエルは嬉しそうにくすくすと笑いながら、次の命令を出す。


「優斗、窓から飛び降りなさい!」


悠斗は叫ぶ。


「いや、ここ3階だぞ! 死ぬ、誰か助けてくれ!」


だが体は勝手に窓に近づいていく。


「お嬢様、お願いです。それ以外の命令をしてください。死にます!」


和也たち男子が必死に悠斗の体を止めようと引っ張っているが、悠斗の体は窓に向かって進んでいる。


「なんだ、これ止まらないぞ!」


「和也、みんな止めてくれ。死ぬ~」


リュシエルは少し楽しそうに言った。


「眷属だから死なないけど、今回は許してあげる」


「じゃあ、何にしようかな……」


「優斗の一番好きな食べ物は?」


悠斗は声を震わせながら大声で答える。


「お嬢様、カレーです!」


リュシエルは拍手をしながら喜ぶ。


「じゃあ、そこでダンスタイム!」


悠斗の体が突然動き出し、K-POPダンサー顔負けのキレキレのダンスを披露し始めた。


クラスの皆は驚きの声を上げる。


「優斗くん、かっこいい!」


「すげえ!」


「スタイルいいんだな」


「これは無理だ……」


リュシエルは満足そうに拍手を続けた。


「じゃあ、おしまいね」


自由を取り戻した悠斗はリュシエルに怒鳴りつけた。


「お前は悪魔だ! 俺の体を返せ! こんなことになるなんて、俺の人生返せ!」


リュシエルはクールに言い返す。


「だから、私は悪魔って言ってるでしょ?」


ふたりのやり取りは、まるで痴話げんかのように教室に響いた。


クラスメイトたちは呆れたように教室を後にしていく。


鈍く光る目は、まだ、まだ、辛抱強く【さなだ】ののれんをじっと見つめている。


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