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第5話 超シスコン兄降臨?

放課後の【さなだ】食堂は、夕陽に包まれ、黄金色の光が窓から差し込んでいた。

温かな色合いが壁やテーブルを染め、客たちの笑顔をやさしく照らす。

普段より賑やかな店内は、若い客の活気で満ちていた。


悠斗とリュシエルは、少し照れくさそうに手をつないだまま暖簾をくぐった。

さっきまでの騒動のせいか、リュシエルはどこかしおらしく笑っている。

一方の悠斗は、むすっとした顔で小声を漏らす。

「くそ、かわいすぎる……いや、だまされるな。こいつは悪魔だ」

ぶつぶつ言いながらも、手を離そうとしない。


店の外には、SNSで話題になった「超天然×超美少女×悪魔キャラ」の彼女を一目見ようと、若者たちが行列を作っていた。

写真や動画が拡散され、いつの間にかリュシエルは地元の“招き猫”どころかちょっとしたヒーローになっていた。


「ごめんね、今日は忙しいから、これ食べてて」

母・美佐が忙しい合間を縫い、特製味噌汁定食を二人の前に置いた。

「リュシエルちゃんは、この店の招き猫ちゃんね」

「おいしそう〜!」

目を輝かせたリュシエルは、よだれを垂らさんばかりの勢いで膳を受け取り、居間へと歩いて行く。


ふと美佐が思い出したように言った。

「そういえば、今日はお兄さんも来てるわよ」

「兄貴多すぎ……誰来てるの? まともなの、いないっちゃ……ゆうつ〜」

リュシエルが眉をひそめる。悠斗は、その“お兄さん”とやらに密かに期待を寄せた。

――もしかすれば、リュシエルを連れ戻してくれるかもしれない。


居間に入った途端、悠斗は息を呑んだ。

そこに立っていたのは、映画から抜け出したような金髪の長身――モデル体型に整った顔立ち、絵に描いたような王子様だった。

そして、メンズ雑誌の表紙に使われるようなポーズを取って、和室の居間に立っていた。


妹の彩乃は胸の前で手を組み、その姿を見て、瞳をきらきらと輝かせている。

「悠斗兄より、ぜったいこっちがいい……」と、はっきり呟いた。


男の名はヴァルド・ヴァルグレイス。

外見は完璧な紳士だが、その正体はリュシエルを盲愛する完全無欠のシスコン悪魔だった。


ヴァルドは過去に何度もやらかしていた

――それは、リュシエルの誕生日の夜。

豪奢な大広間、魔界の貴族たちが並ぶ宴席で、兄は得意げに立ち上がった。

「今日は僕の愛しのリュシエルのため、最高のサプライズを用意した!」


次の瞬間、天井から紅玉や翡翠が雨のようにリュシエルを埋め尽くすように降り注ぐ。

「僕のリュシエル、超かわいい〜!!!」

兄の声が響くたび、宝石はさらに加速して頭上を直撃。

まだ幼かった、リュシエルは宝石に埋もれて死にそうになっていた。

こんな悪夢が何度もリュシエル頭をよぎっていた。


「やあ、リュシエル」

ウインクと共に、王子様スマイルを投げる。

しかしリュシエルは全身に鳥肌を立て、即座に悠斗へしがみついた。

「ヴァルド……最悪」


初めて女性に抱きつかれた悠斗は、頭が真っ白になている――たとえそれが悪魔であっても。


しかし、悠斗へ向けられるヴァルドの視線が、空気を一瞬で凍らせた。


「君は、いないないば~の刑ぴょん」

ヴァルドの目が細まり、そこからどす黒い闇が波のように溢れ出す。

悠斗に向かって押し寄せようとしたその瞬間、リュシエルの鋭い声が割って入った。

「やめて!」

一喝に闇は霧のように散り、悠斗の体はふっと軽くなる。


ヴァルドは、そんなリュシエルを見つめ、うっとりと息を漏らした。

「怒った顔も……超かわゆい〜」

腰をくねらせ、頬に手を当てるその姿に、リュシエルの頬が一気に真っ赤に染まる。


「ヴァルド、キモい。今すぐ帰れ。……死んでろ!」

その怒号と同時に、ヴァルドは力なくその場に崩れ落ちた。


「リュシエル……お兄ちゃんだよ、ぼくだよ、ヴァルドだよ……泣いちゃうよ」

床に転がったまま情けない声をあげる兄を見下ろし、悠斗はぼそりと呟く。

「悪魔って……バカしかいないのか。いや、でも……顔はかっこいいな。頭おかしくなりそうだ」


言い終えると、悠斗は一目散に自分の部屋へ逃げ込んだ。

リュシエルは妹の彩乃の手を取ると、「バカがうつる」と短く言い残し、彩乃と一緒に部屋へ引き上げた。


夜。

広くない家の中、リュシエルは彩乃の部屋で眠っていた。

悠斗は机に向かいながら、頭を抱えていた。

「悪魔の兄……それはダメだろ。シスコン……俺に死ねと言うのか。いや、断じて負けない」


そう自分に言い聞かせた矢先、カチャリとドアが開く。

鍵は、確かにかけていたはずだ。

布団を抱えたヴァルドが、にこやかに入ってきた。


「悠斗くん、じゃあ僕はここで寝るね」

そう言うと、勝手に布団を敷いて、すやすやと寝息を立て始めた。


「……俺、宿題しないと」

悠斗は現実から目を逸らし、机の上のノートに視線を落とす。

だが、何一つ頭に入らない。


【さなだ】ののれんをいつまでも辛抱強くじっと見ていた、鈍く光る目は、もう無くなっていた。


今は、優斗の部屋で、目をつぶって、「リュシエル、僕と結婚して」と寝言を言いながら目をつぶっていた。


悠斗はぞくりと背筋を震わせた。

「悪魔は、近親相関、ないのか……カオスだ」


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