アラームが鳴る前にふと目が覚める。
昨日ヒナタは、自身にあてがわれた客間ではなく子供たちと同じ部屋で一夜を過ごした。
高脚すのこの寝台には竹で編んだ
部屋と廊下を隔てる引き戸も、上部には薄い布、下部には丁寧に編まれた竹格子の細工があり、通気性を保ちながらも視線は遮っている。
戸越しに感じる赤雲を透かした朝の光に、まだ寝息を立てる子供たちを見守りながらヒナタはふと昨夜のやり取りを思い返していた。
この屋敷の主・
あれは子供たちの安全を得るためには最善の取引だったと思う。
同調から得た知識で、母子だけでこの国で生き抜くのは困難だと判断できたし、何よりも宝珠は、青色の衣を着ることが許されたこの国の貴族。
そんな人物の加護を得られる手段をみすみす手放すわけもなく、ヒナタは一も二もなく偽婚約という契約に自ら乗ったのだ。
「……んうぅ……ままぁ……?」
「おはよう、ルーク。ママはここ。……体は? どこか痛かったり、気持ち悪かったりしない?」
「うー……?」
身じろぐ気配にヒナタが声をかければ、寝ぼけたままのルークがぎゅっとヒナタの服を掴む。
その声に反応したのか、今度は反対側で寝ていたアステリアももぞもぞと薄絹の中で動き始め、ルークと同じく寝ぼけまなこのままヒナタに手を伸ばしてきた。
二人をそれぞれ膝に抱き上げ無事を確認したところで、ようやく子供たちも異変に気付いたようだ。
「……ママ。ここ、どこ?」
「おうちに帰る途中にね、ちょっと迷子になっちゃったの。だからお迎えが来るまでは、しばらくここで過ごすことになったんだ」
きょろきょろと部屋を見回す二人に、ヒナタは安心させるよう柔らかな口調で伝えた。
その時、戸の向こう側に気配がする。
「おはようございます、ヒナタ様。
見知らぬ声に子供たちの動きがぴたりと止まったが、ヒナタはぎゅっと子供たちを抱きしめてから大丈夫と微笑む。
「えぇ、どうぞ」
思えば寝起きのまま身支度一つしてないが今はしょうがない。
そう切り替えたヒナタが言葉を返せば、静かに戸が開き、二人の女中が手に盆を持って現れた。
李姜という女性と、彼女のひとり娘だという
二人とも、この屋敷で住み込みで働く家人だと昨日紹介されたばかりだ。
彼女らは部屋に入るなり、起きていた子供たちを見て双眸を緩ませる。
娘の李花が盆を卓に置くと、まだ寝台の上で固まっていた子供たちを驚かせないよう、そっと視線を合わせてしゃがみ込んだ。
「昨日は眠っていたから、これが初めまして、ですわね。おはようございます、私は李花といいます」
「おはようご
「……ぉはよう、ございます……」
「ふふ、おはようございます。どうか私のことは李花と呼んでくださいね。お二人のお名前を聞いてもいいですか?」
おずおずと朝の挨拶をした子供たちは反射的に母であるヒナタを見上げ、そんな二人の背を押すようにヒナタは軽くその肩を抱く。
「ふたりとも、お名前だって」
「……おなまえ。えっと……リア、だよ……アステリア」
「……ぼくは……ルーク」
「ふふ、アステリアの名前は呼びづらいと思うからリアで構わないわ。本人も気に入っている愛称なの」
「分かりました。ルーク様にリア様ですね」
李花が微笑む傍らで、李姜が手早く朝食の膳を整えている。
蓋を取った椀からふわりと漂うのは、魚の出汁と穏やかな醤の香りだ。
「さぁ、朝食のお時間ですよ。お口に合うといいのですけど」
そう言って卓に並べられたのは、白米の卵粥にカラメル色の蜜で煮られた果肉。
それを見て、知っている食材で良かったと内心ほっとしつつも念のため、こっそりと情報解析をしてみた。
(……うん、大丈夫。問題なし)
解析後、ヒナタが一番最初に粥を口にしたが、口いっぱいに広がったのは神経質な心さえも溶かすような優しい旨味だけだ。
「ママ、これなぁに?」
「ん? りんごだって」
「はい。そちらは林檎の甘煮になります。リア様はまず先にそちらを召しあがってみますか?」
アステリアが興味を示したのは小鉢に入った甘煮。
ふわりとした優しい蜂蜜の香りにアイスクリームが欲しくなるが、それはきっと、この地では叶わないだろう。
李姜に小鉢を手元に寄せてもらい、りんごを食べたアステリアの目がキラン!と輝いた。
甘くコトコトと煮込んだりんごは、どうやら三歳児のお口にも合ったらしい。
そしてそれを見たルークも甘煮をねだり、穏やかな朝餉の時間は過ぎていく。
食後一息ついた後に、今日最初の来客がひょいと顔を出すまでの話だが。