「やぁやぁおはよう、ヒナタ殿。
朝の身支度を
悠々と椅子に腰かける様子は、まるでこの家の主かのようだ。
「おはようございます、
「ふふ、いやね? もしかしてこれはヒナタ殿のものじゃないかと思って届けに来たんだ。あぁ、私のことは名前呼びで構わないよ」
そう言って藍飛が手を上げれば、後ろに控えていた男がひとつの荷物を卓上に置いた。
「あー! それママのトランク!」
「おや、噂の子どもたちもお目覚めか。何事もなくてよかった」
ヒナタの背後に隠れていた子どもたちへと視線を向けながら、確信を得た藍飛は指を組みながら深々と座り直す。
「明朝、昨日会った浜辺で部下が発見してね。ひょっとしてきみのものではないかと思って持ってきたんだ」
「そうだったんですか。ありがとうございます」
心なしかほっとしたようにトランクに触れれば、その様子を藍飛がまじまじと見つめてくる。
「ちなみに興味本位なんだけど、それは旅の荷物?」
「えぇ。とは言っても、ほとんどお土産なんですけど」
「ママっ! ぼくのほん!」
「リアのぬいぐるみー!」
「あぁうん、少し待ってね。すみません、ちょっとここで開けてもいいですか?」
「もちろん。異国のものは私も興味あるからね」
許可を得たヒナタがトランクの解錠キーに指を当てれば、ピッという小さな機械音と共にホログラムが起動し、藍飛らが目を丸くした。
ホログラムにかざしたヒナタの手がスキャンされ、機械音声が響く。
《惑星ガイア・リートン国在住。国民ナンバー1123A0802K、ヒナタ・ハッセルバッハ。生体認証成功。外部破損率6%、内部破損なし。緊急ロックを解除します》
プシューという音と共に蓋が開き、今か今かと子どもたちがつま先立ちでトランクの中を覗き込む。
荷物の中からお目当てのものを探すと、ヒナタは子供たちに手渡した。
「はい、ルークの絵本とリアのうさぎさん」
「ありがとうママ!」
「うさぎさんー! ねぇママ、なまえつけてもいいー?」
「いいよ。何にするの?」
「えっとねーピンクだからー……モモちゃん!」
ぬいぐるみを手に楽しげに回るアステリアとさっそく絵本を開くルークを見て、ヒナタが柔らかく笑う。
それに対し、複雑な感情を抱いたのは藍飛だ。
疑う気持ちがないわけではない。昨日ヒナタがおこなった"同調"という行為が、まじないや幻惑の類いではないかと思う気持ちもある。
だが今、目の前で起こった非常識とも思える出来事を、新たな"知識"として自然と受け入れている自分もいて、それがほんの少しの違和感でもあり畏怖でもあった。
(なるほどね。これが同調か)
ヒナタの説明によれば、同調とは異なる言葉や文化を持つ相手と意志疎通をする際に、最低限の相互理解をおこなうために意識を整えるもの。
意識の侵略ではなく、そういう文化もある、という認識を受け入れるために少しだけ互いの歯車を噛み合わせるそうだ。
だが、それの一体どこからどこまでが自分の意志で、どこからが同調による理解なのか。
考えれば考えるほどその境界は曖昧になっていくような気がした。
「……まるで仙術のようだね」
そう呟いた藍飛に、トランクのことかと思ったヒナタは少し困ったように笑う。
「そうですね。私たちにとっては日常でも、この技術が流通していない国では怪しげなものという印象を持たれることも多いです」
「じゃあなぜ私に見せたんだい?」
藍飛はあえて訂正せずに問いで返せば、ヒナタは数秒考えてから悪戯っぽく笑う。
「なんとなく、ですかね? 藍飛様は退屈がお嫌いな気がして」
「ふふふ、それなら大正解だね。私は暇だと死んでしまうんだ」
「あと冬宝珠様も、意外と受け入れてくれそうだなーって思って。……ね?」
そうヒナタが振り返った先には、いつの間に現れたのか布で顔を隠した宝珠がおり、藍飛もヒナタが気付いていると思わずに感嘆の声を上げた。
「すごいね、ヒナタ殿。宝珠の気配に気付くなんて。私だって見破れないくらいに気配が薄いのに」
「余計なお世話だ。――……いつから気付いた?」
「トランクを開けた時にはもう戸の向こうにいらっしゃったでしょう?」
「え、きみ、そんな前からいたの? さっさと入ってくればいいのに。ここ、きみんちだよ?」
「それが分っているならその
そんな二人のやりとりに笑みを浮かべたまま、ヒナタは指輪をそっと撫で、寄ってきた子供たちの背に手を回す。
同調で分かるのは、言葉とごく最低限の常識だけだ。
もちろん深く知ることもできるが、今はまだ、この距離感がちょうどいいとヒナタは目を瞑る。
いつ救助がやってくるとも分からない今、彼らを知るだけの時間だけは、きっと、たっぷりとあるはずだから。