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第6話 偽りの婚約者


 ヒナタたちを見送り、その姿が完全に消えたのを確認してから藍飛ランフェイが宝珠に声をかけた。



 「座ったら? 宝珠」



 相変わらずあるじ然とした藍飛に、もはや言葉を飲み込んだ宝珠が無言で腰を下ろす。



 「やはりヒナタ殿は面白いね。出会った時の薄衣といい、先ほどの旅行具といい……子供たちが手にした書物や兎の精巧さを見たかい? あれが子供用だなんてとても信じられないよ。――お前たちもそう思うだろう?」



 そう自身の後ろに立つ二人の部下に声をかければ、彼らからも戸惑いの空気が伝わってくる。

 年若い二人組の青年は、藍飛のお守り役……もとい、側仕えの明洛メイラク雲悠ウンユウだ。



 「彼女が本当に、冬律官トウりっかんの婚約者なのですか……? その、あのような髪の短い女人を……」



 そう言葉を濁した明洛だが、彼の言いたいこともよく分かった。

 今ここにいる全員が長髪であることを見れば、ヒナタの髪の短さは異様とも思える。

 なぜなら、この国において長く美しい髪は富の象徴でもあるからだ。


 それでも宝珠は、ただ静かに布越しに目を伏せた。



 「……あれは、異国の出だ。あちらの国では女人の髪が短いこともさして珍しいことではないらしい」

 「そうそう。それにね、髪なんて伸びるから。そんなことより、この堅物宝珠がヒナタ殿を見初めたことのほうが事件だろう?」

 「……」



 楽しげな藍飛と黙り込む宝珠の姿に、武官二人は何ともいえない顔で目線を合わせる。

 今まで諸事情で婚約者がいなかったとはいえ、四大貴族・冬家嫡男の冬宝珠が、よりにもよって髪の短い異国人を婚約者にするとは思わなかったのだ。



 「し、しかし……それを冬家御当主様がお許しになるはずが……」



 恐る恐る口にした雲悠に、宝珠は抑揚なく答える。



 「私の婚約者は好きに決めていいとの許可を頂いている。それよりも藍飛。お前まさか、昨日の今日でもう言いふらしたりしてないな?」

 「え?! こんなめでたいことを言わずにどうするの?! きみに婚約者ができただなんて声高々に言いふらしたに決まってるじゃない!」

 「…………お前は一度、どこか沼にでも沈んでこい」



 地を這うような声で頭を押さえた宝珠に、明洛も雲悠も居心地悪そうに目配せた。



(すみません。冬律官)

碧将尉ヘキしょうい、朝の軍務点呼で思い切り言いまくってました……)



 ――すでに数十人単位で知られているなんて。

 宝珠がそんな頭の痛い事実を知るのは、翌日のことだ。




 *




 「ねぇ、ママ。どうしてリアたちが双子だって言っちゃダメなの?」



 トランクの整理をしていたヒナタにアステリアが尋ねる。

 ここが惑星・ガイアではないことは子供たちも理解しているが、他の惑星のルールや因習をすぐに理解しろというのは少々難しい。


 そんな子供たちに、ヒナタは目線を合わせるよう向き直った。



「この国はね、今、お勉強途中の国なの。だからみんな分からないことが沢山あって。……分からないってね、とっても怖いことなのよ。――怖いから、仲間はずれにしちゃうの」



 できるだけ子供たちを傷付けないよう、そして理解できるように言葉を選んで、ヒナタは幼い二人の頭を撫でた。



「あなたたちのような双子は、この国の人にとってはまだ怖いものの一つだから……だから、お外では言っちゃダメなの」

「……ふ~ん?」



 こてんと首を傾げる様子はきっと理解していないが、今は約束だけでいい。


 文明レベルは恐らく西暦1200~1600年相当。

 同調から推察するに、医療や科学が未発展のこの国は、多胎児に対する偏見が根強く残っている可能性が高かった。


 ふと、話を遮るように戸の向こう側から声がかかる。



 「――私だ」

 「……! どうぞ」



 スッと引き戸が開き、布で顔が見えない宝珠の出現に子供たちがヒナタの服を握りしめ、ぴったりと体を寄せてくる。

 それに柔らかく微笑みながら、ヒナタは宝珠に目線を向けた。



 「どうされました? 冬宝珠様」

 「しばらくの間、外に出るなと伝えに来た。敷地内なら好きに過ごしていいが……だが、あちら側には決して行くな」



 そう言って宝珠が視線を向けた先――今いる南側の客間とは正反対に位置する北側を確認して、ヒナタは素直に頷く。



「分かりました。子供たちにもきちんと言っておきます」

「……そなたの子は、二人とも三歳くらいと言っていたな。――年子か?」



 やはり聞いてくるか――と思ったが、ヒナタは一切表情を崩さなかった。

 出会った時に三歳くらいの男女、と言ったことを覚えていたようだ。



 「ルークが兄で、アステリアが妹です」

 「……もしや、双子か」



 微笑む瞼に思わず力が入る。だが、宝珠がそれ以上言及することはなかった。



 「外では、気をつけろ。……子が傷つくことにしかならぬ」



 驚いたように目を丸くするヒナタを背に、宝珠は部屋を出ていこうとして、思い出したように立ち止まる。



 「――それと、曲がりなりにも私たちは婚約者だ。……宝珠でいい」



 用は済んだとばかりに立ち去る宝珠の後ろ姿を、ヒナタは意外そうな顔で眺めることしかできなかった。


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