日曜の午後、美香は実家へ向かった。
盆栽の水やりをしている母の背中は、以前より小さく見える。
「久しぶりね、美香。忙しいのにどうしたの?」
母は茶の間へ案内し、湯気の立つ緑茶を差し出した。
少し雑談を交わした後、美香は意を決して切り出した。
「……お母さん、私、赤ちゃんができたの」
母の手が湯呑みの上で止まる。
「……何歳だと思ってるの、あんた」
声は低く、抑えてはいるが明らかに動揺がにじんでいた。
「わかってる。高齢だし、リスクもある。でも——」
「でもじゃないの!」
母は珍しく声を荒げた。
「結衣だってもう19でしょ? これから自分の人生を考える時期に、母親が妊娠して……。あんたの体だって心配だし、何より無理はすべきじゃない」
美香は何も言えなくなった。
母はさらに続ける。
「私はあんたを28で産んだけど、それでも大変だった。45なんて……正直、信じられない」
沈黙が落ちる。
窓の外から、遠くで子どもたちの笑い声が聞こえた。
美香は膝の上で手をぎゅっと握りしめる。
理解してほしかった。でも、母の言葉には、長年の経験からくる心配と現実が詰まっていることも分かっていた。
「……ごめん、お母さん。今日はこれで帰る」
立ち上がる背中を、母は複雑な表情で見送った。
外に出ると、夕暮れの空が少し霞んで見えた。
それが涙のせいなのか、秋の冷たい空気のせいなのか、美香には分からなかった。