その週末、美香は久しぶりに大学時代からの友人・裕子とカフェで会った。
待ち合わせ場所に着くと、先に来ていた
「美香、こっち!」
席につくと、裕子はメニューも開かずに、にやりと笑った。
「ねえ、噂は本当なの?」
美香は少し驚きつつ、ため息交じりにうなずく。
「……うん。三か月目。まだあまり人には言ってないけど」
裕子は声を弾ませた。
「すごいじゃない! 私なんて42で産んだけど、今じゃ毎日が運動会みたいに楽しいよ」
「でも……仕事もあるし、結衣も反対してるし、正直、喜ぶ余裕なんてないの」
美香はカップを手に取り、視線を落とした。
裕子はその様子を見て、少し真剣な顔になる。
「確かに大変だよ。体力的にも、周りの目も。でもね、赤ちゃんは待ってくれない。
今この瞬間、お腹の中で育ってる命は、美香だけが守れるんだよ」
その言葉に、美香ははっとした。
守る──自分が。
これまで仕事では部下や案件を守るために全力を尽くしてきた。けれど、今守るべき存在は、自分の中にいる小さな命なのだ。
「……裕子、ありがとう」
少し笑顔が戻る。
カフェを出る頃には、さっきまでの重たい胸の奥が、ほんの少しだけ軽くなっていた。