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第8話  友の言葉

その週末、美香は久しぶりに大学時代からの友人・裕子とカフェで会った。

待ち合わせ場所に着くと、先に来ていた裕子ゆうこが大きく手を振る。

「美香、こっち!」


席につくと、裕子はメニューも開かずに、にやりと笑った。

「ねえ、噂は本当なの?」

美香は少し驚きつつ、ため息交じりにうなずく。

「……うん。三か月目。まだあまり人には言ってないけど」


裕子は声を弾ませた。

「すごいじゃない! 私なんて42で産んだけど、今じゃ毎日が運動会みたいに楽しいよ」


「でも……仕事もあるし、結衣も反対してるし、正直、喜ぶ余裕なんてないの」

美香はカップを手に取り、視線を落とした。

裕子はその様子を見て、少し真剣な顔になる。


「確かに大変だよ。体力的にも、周りの目も。でもね、赤ちゃんは待ってくれない。

今この瞬間、お腹の中で育ってる命は、美香だけが守れるんだよ」


その言葉に、美香ははっとした。

守る──自分が。

これまで仕事では部下や案件を守るために全力を尽くしてきた。けれど、今守るべき存在は、自分の中にいる小さな命なのだ。


「……裕子、ありがとう」

少し笑顔が戻る。

カフェを出る頃には、さっきまでの重たい胸の奥が、ほんの少しだけ軽くなっていた。



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