翌週の火曜、朝のオフィス。
美香がフロアに入ると、一瞬だけ視線が集まり、すぐに逸らされた。
コピー機の前では、総務の女性二人が小声で話している。
「ねえ、聞いた? 佐藤課長、なんか体調不良で出張取りやめたらしいよ」
「うそ、あの人仕事命だったじゃない。…まさか、妊娠とか?」
「え、四十代半ばで? ありえなくない?」
耳に入れまいと足早に自席へ向かうが、心臓が妙に早鐘を打つ。
妊娠のことを話した覚えはない。なのに、この微妙な空気。
おそらく、体調不良や病院通いがきっかけで噂が立ち始めたのだろう。
午前中の会議。
プロジェクトの進行状況を説明する美香の横で、千佳がチラチラと美香の腹部に目をやっている。
資料をめくる手が、少しだけ震えた。
会議後、部長に呼び止められた。
「佐藤さん、最近顔色がよくないけど、大丈夫か? もし何かあるなら早めに相談してくれ」
その言葉は心配というよりも、業務への影響を懸念している響きがあった。
「大丈夫です。ご心配なく」
笑顔で答えたが、胸の奥では言いようのない疲労感が広がっていく。
まだ時期じゃない──そう思っても、いつまで隠し通せるのか、自分でもわからない。
昼休み。
社食の窓際で、持参したサラダをつつく。
ふと、窓ガラスに映った自分の顔を見て、美香は気づいた。
ここ数週間で、表情が少し硬くなっている。
それは仕事のせいだけじゃない。秘密を抱えて過ごす日々が、確実に心を削っていた。