その夜、美香は夕食後のテーブルに家族を集めた。
健一は新聞をたたみ、結衣は「何? テレビ見たいんだけど」と不満そうな顔をして椅子に座る。
「……二人に話があるの」
声を出すと、自分の声がわずかに震えているのがわかった。
深呼吸を一つ。健一と視線が合う。彼は何かを察したのか、真剣な表情に変わった。
「実は……私、赤ちゃんができたの」
沈黙が落ちた。時計の秒針の音がやけに大きく響く。
先に口を開いたのは健一だった。
「……本当か?」
美香はうなずく。
「先週、病院でわかったの。三か月目に入ったところ」
健一は驚きと戸惑いの入り混じった表情を浮かべ、やがて小さく笑った。
「エコー写真、見せてもらえないか?…すごいな」
声にはどこか嬉しさがにじんでいた。
だが、結衣は椅子をがたんと鳴らして立ち上がった。
「は? 今さら赤ちゃん? 私、大学受験なんだけど! 友達にどう説明すればいいの? もう恥ずかしい!」
「結衣……」
美香は娘をなだめようとするが、結衣は涙をこらえながら自室に駆け込んだ。
閉まるドアの音が、胸の奥に鋭く突き刺さる。
リビングに残った二人。
健一はため息をつき、美香の肩に手を置いた。
「……大丈夫だよ。あいつも時間が経てば受け入れる」
その声に励まされながらも、美香の胸の奥には、娘との距離が広がったような痛みがじんわりと広がっていた。
お腹にそっと手を当てる。
その中にいる小さな命の鼓動が、今夜はひどく心細く感じられた。