月曜の朝。
美香はいつものようにスーツを着込み、化粧を整え、駅前の人波に身を投じた。
表面上は何も変わらない日常。だが、腹部に手を置くと、その奥には自分しか知らない秘密が確かに存在している。
出社すると、フロアには月曜特有の重い空気が漂っていた。
部下の吉岡が小走りで近づいてきて、
「佐藤課長、例の海外案件ですが……」
と資料を差し出す。
美香は資料に目を通しながらも、ふと吐き気の予兆を感じた。慌てて深呼吸し、顔色を整える。
「……うん、これで進めて。ただし契約書の翻訳は再確認して」
声を出すと、少し落ち着いた。吉岡は
「了解しました」
と笑顔で去っていく。
席に戻る途中、後ろから上司の部長に呼び止められた。
「佐藤さん、来月の出張の件だけど、インドネシアは行けるよね?」
一瞬、言葉に詰まる。飛行機での長時間移動、現地での気候変化──妊婦にとってはリスクが高い。だが、まだ妊娠のことは言えない。
「……はい、調整します」
そう答えると、部長は何気なく頷いて去っていった。
デスクに戻ると、隣の席の女性社員・千佳がひそひそと声をかけてきた。
「課長、この間の健康診断、なんか結果悪かったんですか? この前、医務室行ってましたよね」
彼女の好奇心混じりの笑顔に、美香は曖昧な笑みを返す。
「ちょっと貧血気味って言われただけよ」
そんな会話の最中、ふと千佳の視線が美香の下腹部へと向いた気がした。
「……?」
気のせいかもしれない。でも、その一瞬の目線が、美香の胸にざらりとした不安を残す。
会議の後、デスクで一人になった美香は、パソコン画面を見つめながら深く息をついた。
仕事を続けること、この秘密をいつ明かすか、そしてそれによって自分の立場がどう変わるのか──。
答えのない問いだけが、静かに積み上がっていく。