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第4話  告げられない理由

日曜の夜。夕食後のリビングは、テレビのバラエティ番組の笑い声で満ちていた。

健一はくつろいでビールを飲み、結衣はソファに寝転びながらスマホをスクロールしている。美香はキッチンで皿を洗いながら、何度も口を開きかけては閉じた。


「……あのね」


思い切って声をかけると、結衣が顔を上げた。


「なに?」


「ちょっと、大事な話があるんだけど……」


その言葉に、健一がビールを置き、結衣もスマホを伏せた。ふたりの視線が同時に向けられる。美香の心臓が跳ねる。今、この瞬間がタイミングかもしれない。いや、でも。


頭の中で、医師の言葉やエコー画像がぐるぐる回る。高齢妊娠のリスク、家族の生活の変化、娘の将来──すべてが絡み合って、言葉を押しとどめた。


「……いや、なんでもないわ。ちょっと疲れてただけ」


「なにそれ、脅かさないでよ」

結衣はそう言って笑い、またスマホに視線を戻した。


皿を洗い終えて手を拭きながら、美香は自分の弱さに少しだけ腹が立った。結衣を心配させたくない、タイミングを間違えたくない──そう自分に言い訳しながら、本当はただ、反発されることが怖いのだ。


その夜、布団に入っても眠れなかった。隣で寝息を立てる健一の背中を見つめながら、美香は小さくつぶやいた。


「……怖いな」


自分の体のことも、家族の反応も、そして何より、これからの人生がどこへ向かうのかも。


けれど、お腹の奥にいる小さな命だけは、確かに温もりを持ってそこにいる──そのことが、かすかな安心でもあった。


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