渋谷から北へ。
廃線になった山手線の高架沿いをたどるように、僕は鶯谷を目指して歩いていた。
線路の隙間には、草が伸び放題に伸びていた。
錆びたレールはもう走る電車を待っていない。
それでも、どこか“旅”という言葉の匂いがこのあたりには残っていた。
鶯谷に入った途端、街の空気が変わった。
どこか湿っていて、少し甘ったるい。
かつて人間たちはこの場所に、他人には言えない温もりを求めに来ていたらしい。
その名残は、今も建物の色に染みついている。
看板の文字は剥げ、ラブホテルのネオンは落ちたタイルに埋もれていた。
でも、壁に描かれた曲線や、扉の丸みは、まだどこか艶かしい。
人間は、ああして「触れる」ことで、寂しさを忘れたのかもしれない。
愛ではない、でも愛に似たもの。
形だけの抱擁。声。熱。
猫の僕には、それがどれほどの意味を持つのかは分からない。
でも、ここにいた人たちの体温が、この街にはずっとこびりついている気がした。
あるホテルの前で、ドアが半分開いていた。
覗いてみると、布団が乱れたまま残っている。
時計は止まり、シャワーの蛇口が錆びて光っている。
人が最後にここで何をしていたのか、僕は想像するしかなかった。
もしかしたら、誰かが愛を信じて、誰かに裏切られたのかもしれない。
もしかしたら、誰かが最後の温もりをここで交わしたまま、消えてしまったのかもしれない。
僕は小さく鳴いた。返事はなかった。
坂を上ると、視界が開けた。
そこには、かつて「上野恩賜公園」と呼ばれた広い緑の空間があった。
今は草木が繁茂し、動物園と博物館の建物は半分崩れかけている。
でも、どこかこの空間はまだ「人間の夢」が残っているようだった。
かつて、子どもたちが走り回っていた場所。
遠足の列、アイスクリームの屋台、音楽のストリートライブ。
今は、風の音と、鳥の羽ばたきしかない。
でも、そこに確かに「生」の名残がある気がした。
動物園の門をくぐると、檻はすべて開いていた。
檻の中にいるべきだった動物たちは、すでにいなかった。
逃げたのか、飢えたのか、それとも——人間と一緒に消えたのか。
檻の前に小さな看板が立っている。
「シロクマのユキちゃん(♀)は、2014年に生まれました」
もうユキちゃんはいない。
でも、その存在を覚えている人は、今どこにいるのだろう。
生きた記憶も、誰かに忘れられれば消えてしまうのだとしたら、ユキちゃんの人生も今はなかったことになるのだろうか。
そんなことを考えていたら、涙が出そうになった。
僕は猫だ。
人間のように涙は流せない。
でも、心は、静かに震えていた。
博物館のガラスはすべて割れていた。
展示されていたはずの骨や化石も、台座から落ち、床に散乱している。
それでも、不思議とこの場所には“知”の匂いが残っていた。
人間たちは、恐竜の時代を知りたがった。
自分たちがどこから来たのかを、必死に掘り起こそうとした。
でも、今度は誰が彼らの痕跡を掘り起こすのだろう。
もう誰もいない。
人類は、自分自身を記録しようとした最後の生物だったのかもしれない。
上野の広場で、1羽のハトが倒れていた。
翼に傷を負い、動けなくなったまま、地面に横たわっていた。
僕はそっと近づく。
ハトは、かすかに目を動かした。
僕を見ているのか、見ていないのか、それは分からなかった。
言葉は交わせない。
でも、命がもうすぐ終わる瞬間には、何も言葉はいらなかった。
ハトが、息を引き取る。
とても静かに。風がそれを包み込むように。
僕はその隣に座り、空を見上げた。
もう、人間の飛行機は飛ばない。
でも、空は今も変わらず広くて、きれいだった。
鶯谷と上野。
欲と知、命と記憶。
人間は、この街にあらゆる感情を刻み込んでいた。
でも、どれもいずれは風にさらわれる。
残るのは、音のない建物と、倒れた案内板と、忘れ去られた名前だけ。
僕はそこに立っていた。
誰にも見られることなく。
誰かを探しながら、でも誰にも会わずに。
こんなにも静かな世界で、僕はまだ、生きている。
それが、どうしてなのかは……まだわからないけれど。