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2)鳥居はヤる時はヤる奴

 オレが高校を卒業して大学生になっても、

鳥居は諦めなかった。


 オレが剛力 彩芽ちゃん似のA先輩(仮名)から

告白されて付き合ってた頃も、鳥居は諦めなかった。

 でも鳥居の『諦めない』は、モーションをかけてくるとか、

そういう類のものでは無かった。

 鳥居はオレが連絡するまで、自分からは何もしてこなかったのだ。

 ただ普通に『樺、おはよう。好きだ』とかいう、挨拶代わりの

一撃をブチかましてくるぐらいだ。もうオレも途中から諦めて

『おう、鳥居おはよう。オレとオマエは友達な』と応酬していた。



 そんな鳥居の頼もしさに気づいたのは、オレが窮地に

立たされた時の事だった。

 オレが鳥居と買物してる所を(鳥居はムダに知識が

豊富なので、辞書を買う時について来て貰っていた)

見つけたA先輩が鳥居に一目惚れ。

 オレの与り知らぬ所で鳥居にアタック(死語)

しまくってたらしい。……A先輩、オレのケータイから鳥居の

連絡先を見つけたらしい……女って怖ぇ。


 でも鳥居はA先輩に付き纏われてウンザリしながらも、

オレには『……あれとは別れた方がいい』としか

言わなかった。

 理由を言えよ! と今なら言える。


 勿論、オレは激怒した。初彼女だったし。

 鳥居がオレ狙いのホモだと心の何処かで思ってたし。

 だから鳥居とは一切連絡をとらなくなった。

 すまん、鳥居……(ごめんね、素直じゃなくて)


 鳥居は大学に行ってないフリーターだったので、

オレとは生活サイクルが違うという理由もあった。

 そうしていると、A先輩は鳥居が自分に靡かない事に

いたくプライドを傷つけられたらしい。

 傷ついたプライドを癒す為に、そこらへんの

男と付き合い、それはもうステキな写メとか撮りまくるぐらいに

ハメを外しまくった、らしい……。ごめんなさい、記憶が曖昧なの。

(あまりにも修羅場すぎて)


 そういう事をしてれば、いつかバレるもので……。偶然、

先輩の部屋で別の男(B男とする)とキャッキャウフフしてる所を

見つけてしまったオレは、何故か逆ギレしたA先輩に

コーラをぶっかけられてフラれ、B男には笑われた。

 これだけでも充分落ち込める強制イベントだ。


 が、しかしオレの修羅場はここで終わらなかった。


 次の日、大学に行ってみると、浮気したのはオレで、しかも

複数人の女の子と付き合っている鬼畜だとかいう根も葉もない噂が

飛び交い、女の子達からは汚物を見るような目で見られた。

 誤解どころか根拠もねぇよ! と訴えるも、A先輩は外面が

最高に良かったので、誰も信じてくれなかった。


 オレが居ると女の子が寄ってこないという理由で、大学内の

友人達からも距離を置かれ、流石に参ったオレは

自宅に引き篭もってモンハンをやりまくるようになった。

 ドラクエもパーティー全員のレベルを最高まで上げた。

 マリオパーティーも一人で満喫してた……虚しい。

 一度クリアしたゲームを全部やり直ししていた。

 学生の頃は飽き性で、よく鳥居に呆れられていたなあ と

思い出すと、無性に過去が恋しくなった。


 たまらなくて、オレはぐでんぐでんに

酔っ払って、鳥居に泣きながら電話していた。

『もうオレ、学校行けない』とか『フラれて死にたい気分が

ようやく分かった。ちまき川に沈んでくる』とか

『でもお前とは付き合わない』とかいう、恥ずかしい上に

鬼のような泣き言だ。

 しかも深夜二時に。普通キレる。


 鳥居だけはオレを見捨てないと思ったんだろうな……。勝手な

話だけどさ。すまん、鳥居……(夢の中なら言える)

 だが鳥居は静かに話を聞いてくれていた。

 色々と説得してくれていたが、通話の最後らへんで

オレは大号泣してしまっていた。



 ある日、大学の友人から次々と電話がかかってきた。

 そのどれもが『誤解しててごめん』とか『マジでごめん』とか

いう謝罪の言葉だった。

 何事かと思っていると、なんと……鳥居がやってくれました。

 あろう事か、鳥居はオレから電話がかかってきた翌日に

大学に行ったらしい。しかも件の先輩や取り巻き、学内の人間が

いる前で、



録音していたA先輩のふしだらぶり



を、再生して聞かせたとかなんとか。

 自分に言い寄ってくるA先輩の言動を録音しつつも、

抜かりなく動画まで撮っていたとか。

 お前、フリーター辞めて探偵になれよ と思った。

 ていうか、それをオレに先に見せろよ! と後日ツッこむと

鳥居は『……いや、樺が楽しそうだったから、見せ辛かった』と

不器用な優しさを見せられた。もしかして二人の関係が上手くいくかも

しれないなら、その方がいいだろうとか言っていた。

『樺が幸せなら、それでいいんだ』とかも言い出した。

 やめろ。惚れるだろうが。

 不覚にも鳥居に萌えた瞬間だった。


 それからはA先輩は同性からハブられ、異性からはビッチと

嘲笑われ、大学を辞めてしまった。ついでにB男は付き合っていた

彼女が鳥居に惚れたらしく(またか)フラレてヤケになり、

これまた学校にこなくなった。

 鳥居のお陰で事件は収束したのだ。



 で、オレはというと……。



『わ、悪かった。ごめん……それと……、ありがとな』


 鳥居に謝った。鳥居はいつでも真摯だったのに、オレは

それに気づかなかったからだ。しかもワガママばかりで

鳥居に甘えて……最低すぎる。それが恥ずかしくてたまらなかった。

 だが、鳥居は目をぱちくりさせていた。……いや、厳ついイケメンに

使う表現じゃないけどさ。

 そして『樺が元気になったなら、それでいい』と言い出した。


 それだけだった。


『助けてやったんだから付き合え』とか『やらせろ』とか言わなかった。

 本当に、こいつは見返りとか求めてないんだと感じた。

 でもそれじゃオレの気が済まないから、何か言ってくれ! 

あ、でも『やらせろ』はムリな! と言うと、

少し考えた鳥居は『……ポンデリングが食べたい』と言い出した。


 え?


 問い返すと『ポンデリングが食べたい』と繰り返す。


 えっと……ポンデリングって、ミスドのアレか? と

問い返すと、鳥居は無言で頷いた。


 ポンデライオンが大好きな上に、ポンデリングはモチモチ感と

ドーナツ感が最高……! あんこやジャムといったバリエーションも

豊富で、これを考えた人間はノーベル賞ものだ いや、いつか

必ずノーベル平和賞を受賞するだろう。世界中の人間はポンデリングで

平和になるに違い無い……等と熱く語っていた。

 無口無愛想な男がドーナツについて熱烈に語る図式は

ネタとしか思えなかった。

 だが、不思議でならない。


『ポンデリングが食べたいなら、ミスドに行けばいいだろ?』

『いや……』

 鳥居は何故か渋い顔をしていた。


 鳥居曰く、ミスドでドーナツを貪っていると、

女子が寄ってきてウザいとの事だった。

 仕方なくテイクアウトをお願いすると、

店員から『私もテイクアウトしてください♪』と

言われたり、電話番号を渡されたりするらしい……。

 もう人外としか思えないレベルでモテる男子力を魅せていた。

 お前が自然界に居たら、生物バランスが確実に崩れるよな。

 まあ、そういうわけでミスドに行ってくれと言われた。


『オレとオマエがミスドかよ!?』

『持ち帰りしてくれるだけでいい』


 言われなくても、店でお前と対面してドーナツ食うとか

恥ずかしいからやらねー! と言ってしまった。

 鳥居は『……そうか……』と言っていたが、ちょっと

落ち込んでいるみたいだった。

……なんか可哀相になったので(しかも助けてもらったのに

オレは憎まれ口ばかりで)オレはバイト代をはたいて、

店にあるだけのポンデリングを全部買って、鳥居が

一人暮らししてる部屋に持ってったんだ。



 鳥居の家は純和風な木造アパートの2階の一室で、

風呂は無く、トイレは共同。

 床はギシギシ鳴るわ、窓の手摺りはサビてるわ、壁に黒猫みたいな

可愛いシミはあるわで、年季の入り方もハンパじゃない。

 昭和の香りのするお宅だった。


 鳥居は、ちゃぶ台の前に正座して、土産のポンデリングを見てた。

『……!』

 無表情なのに、めっちゃ嬉しそうに見えた。

『……いいのか? いいのか?』とか何度も問い返してきたので、

『いいよ。オマエの為に買ってきたんだし』と告げると、

鳥居が目を輝かせた……ように見えた(THE 無表情)


『でも全部一度に食べるなよ?』と言ったオレの

目の前で、両手にドーナツを何個も掴んで、めっちゃ

食べてる鳥居。掃除機みたいに貪り食ってた!!!!


『おまっ!? 一度に食べるなって言ったのに!』

『ぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐも』

『おい! 聞いてんのか鳥居!』

『ぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐも』

『モグモグして何言ってるかわかんねーよ! お前、腹壊すぞ!!』


 止めようとするも、鳥居は親指を立てた。

 大丈夫だ。問題ない と言いたいようだ。

 いやいやいや、意味わかんねーから! と慌てるも、

鳥居はポンデリングを食べるのを止めない。

 鳥居が一息つくまでに、ドーナツは半分

以上無くなっていた……恐ろしい子……。



 少し落ち着いてきた鳥居。オレもツッコミ疲れて

部屋の中を見渡した。

 窓があって、手摺りがあって、カーテンがあり、

押し入れがあり……生活感が、あるようで無い部屋だった。


 それもそのはずで、鳥居の部屋には炊事道具が無かったのだ。


 炊飯器すら無かった。


『お前、何食べてんの!?』

 ツッコミ疲れていたのに、また驚いてツッコミを入れると

鳥居はドーナツを咥えたまま、ゴミ箱を指差した。

 その中には、スーパーの惣菜の入れ物だとか

コンビニの弁当の箱とか……。


『自炊しねーのかよ!』

 首を上下に動かす鳥居。

 後日判明した事だが、何事もソツなくこなす鳥居も、料理だけは

壊滅的にダメらしく、トーストを炭にした事もあった。

 何でトースターに放り込むだけのパンを炭化させられるんだよ!?

とツッコミを入れると、相手も困惑していた。


『おれは普通に焼いたつもりだったんだが……』

『普通に焼いて炭にするヤツはいないだろ……』


 カレーを作らせても、凄まじくマズくなる。

 呪いでもかかってるのかと思うくらいマズかった。

 しかも大鍋いっぱいに作りやがりなさった所為で、

二人がかりで片付けたものだ。カレーがトラウマになるかと思った。

 原因は、隠し味のチョコレートを板チョコ13枚、ハチミツ4瓶、

リンゴを9個入れた所為らしい。不吉な数字ばかり並べやがって!

 隠し味なのに前面に押し出されている。

 こいつはバカなんじゃないかと素で思ったものだ。



 そんなカンジで自炊に向いていない鳥居を何とかしないと、確実に

ポンデリングを主食にすると危機感を覚えた。

 太るんじゃないかと心配もしたが、鳥居は腹筋割れてた……。

 何でそんな事を知ってるのかって?

 水泳の授業でコイツとペアだったんだよ……。コイツがプールに

入って水に濡れてるだけで女子がキャーキャー騒いでいたのを

昨日の事のように思い出す。

 オレはビート板を腹に結び付けられていた。

 水泳部なのに、授業中に足を攣って溺れかけたからだ……。



 で、


 オレは一旦、家に戻った。

 実家で余ってた土鍋やフライパンを持ってくる為だ。

 チャリのカゴに目一杯積み込んだ自炊道具。

 片道50分の距離は少しばかりツラかったが、鳥居に

助けてもらった恩義を思えば安いものだ。

 ついでに米とか缶詰とか野菜とかも持ってきた。


 それから、とりあえず台所で親子丼を作ってみた。

 それをちゃぶ台に置くと、鳥居はエサを与えられた犬のように

オレを見上げていた。

『食べていい? 食べていい?』みたいなカンジだろうか。 


『食えよ。お前の為に作ったんだし』

『!』

 鳥居は心の底から嬉しそうに親子丼を食べてた。

 そして感動したように『……うまい』と呟く。


『……樺はすごいな』

『べ、別に凄くないだろ!?』

『すごすぎる』

『ふ、普通だろ? あ、お、おかわり、いるか?』

『いる』

 褒められて悪い気はしなくて照れてしまった。

 そして鳥居が質問してきた。


『他にも何か作れるのか?』

『あんまりレパートリーは多くないけどな』

『例えば?』

『そうだな~……。餃子とか天ぷらとか煮物、カレーパンとか

肉まんも……あ、ハンバーガーが食べたくて、

自家製で造った事もあったな』

 バンズを作るのは結構楽しかった♪ と、料理数を

指折り数えていると、鳥居が箸を止めた。

『……』

 しかも無言で此方を見ていた。

 な、何だ!? 何かマズかったのか!? と慌てるも、

鳥居が真顔で呟いた。




『……樺、嫁に来てくれ』




 またエエ声だった。

 勿論、即座にツッこんだ。


『行かねーよ!』

『……駄目か?』

『ダメに決まってるだろ! そもそも何で男のオレが

お前の嫁になるんだよ!』

『じゃあ、おれが嫁でいい』

『よくねー! しかも入籍するのが前提みたいな話になってるぞ!』


 鳥居はガッカリしているような小宇宙を放っていた。

 それにしても鳥居みたいな色々スゴイ奴が、オレのような

平凡な人間に惚れたとかいうのが本当に分からなかった。

 かといって『オレのど~ゆ~所が好きなのお~?』とか問えない。

 まあ、でも『何で樺がいいのか分からん』とか言われそうだし、

あんまり深く考えない方がいいのかも知れない……。



 悶々としていると、食い終わった鳥居が食器を流し台に

持って行こうとして……


パリーン


て、メガネが割れるみたいな音がした。

 何を仕出かしたのかと振り返ると、鳥居が皿を割っていた。

 しかも鳥居は突っ立っている。


『何してんだよお前!』

『……すまない。お前の皿を割ってしまった』

 見れば分かるよ! 危ないから破片に触るなよ! と

ホウキとチリトリを探していると、鳥居が何処からともなく

財布を取り出してきて、中から万札を数枚取り出した。

 それをオレの手に握らせようとする。


『……これで足りるか?』

『金で解決しようとすんな!!!!! てか、そのドンブリ、

100円均一で買ったものなのに、500倍返しとかやめろ!』

 弁償しようとする鳥居を押しとどめるも、

『樺に迷惑をかけて嫌われたくない』と頑として譲らない。

 金を押し付けられ、オレは怒鳴った。

『迷惑と思ってねーから、金を仕舞え!』

『しかし……』

『そもそもオレは金で動いたりするような安い男じゃねーよ!』

『/////』

『無表情で頬染めんな! そんな潤んだ目で見ても、オレは

譲らないからな! これは越えられない一線だ!!!』



 と騒いでいた時だった。



『さっきから五月蝿ぇぞ! ガキどもー!!!』



 ドアが蹴破られるように開けられた。


 そこにはお隣の十勝さん(52歳 独身)が立っていた。


 パンチパーマにサングラスで小太りという、ヤバい自由業のような

お方の乱入にオレはビビるも、鳥居は『十勝、すまん』と、

ダチみたいに軽~く謝っている。

 ばっ……お前! コロされるぞ! と焦るも、十勝さんは

オレと鳥居を見比べた後、何故か赤面した。


 そして『へ、部屋の中で、そういう事、すんなよ……! バカ……』と

小声で言いながら、サングラスを指でクイクイした後、

ソッ……と扉を閉めて出て行った。

 だが、直ぐにガチャッと扉を開けて『……そういうの、

お金でするの良くねぇと思うから……』と、言って退室した。


 何だ あの人は…… と呆れていたが、よーく考えてみると



鳥居に両手を握られ(万札を渡されようとして)壁に

押し付けられているオレ 


という図式に気づいた。


 どう見ても金を渡して関係を迫っている絵図だ。


 しかもオレの股間を割り開くように、鳥居の足が入っている。


 鳥居の足……が……。




 うわぁあああああーーーーー!! 鳥居! 離れろーー!!




と叫んだ時、今度は階下の細井さん(44歳 独身 サラリーマン)から

『すみません、すみません、もう勘弁してくださぁっひ……!』と

か細い悲鳴が聞こえてきた。

 細井さん、すみません。明日も早朝出勤だっていうのに。



 そんな十勝さんや細井さんとも今は顔見知りだ。


 何でかって? い、言わせるなよ、バカ……。



 そういうわけで、生活能力が皆無の鳥居を見かねて、まめに

通っているうちに、鳥居の家から大学に通う方が近いと気づいた。

(オレんちから電車で大学に通うのは、乗り換えが多くて

不便だったのだ)

 流されるように鳥居んちに泊まったりしていると、いつしか



なんか、気づいたら同居してた。



 というわけだった。

「あ~……朝か~」


 寝床から起き上がるも、隣りの布団で寝ている鳥居は熟睡している。

 鳥居は図体がデカい癖に、寝る時は猫みたいに丸まって

いるのが不思議だった。ダンゴ虫になる夢でも見ているのだろうか。

 その鳥居を起こさないようにオレは立ち上がり、窓を開けて

布団を干した。

 窓から入り込んだ初春の寒気と朝日に鳥居が僅かに眉を寄せる。

 でも寝てた。しぶといな。


 そうそう、鳥居は夜型なので、昼間は寝ている事が多い。

 夜更かしでフリーターの男は情けないって? バカにするなよ~!

 実はフリーターだと思っていた鳥居は、小説家だった、という

オチだった。

 読書家だと思ってたが、自分でも小説を書いてたんだなあ。

……どんな話を書いてるのか知らないし、

鳥居も『……樺は見ないほうがいい』とか言っていたが。


 今はたまにバイトをしてるくらいで、印税で充分収入があるくらいの

売れっ子作家らしい。才能があるって羨ましい事だな。

 そういうわけで、鳥居は『昼間は執筆意欲が湧かない』との事で

夜にコツコツ作成していた。締め切りもキッチリ守るので、

担当の人は凄く喜んでるらしい。


 まあ、鳥居の事はさておき……。


 起床したオレはアパートの廊下に設置してある洗濯機に洗濯物を

放り込んでいると、隣室の十勝さんが「おう! 大地じゃねえか!」

と片手を上げて出て来た。


「あ、ども。はよっす」

 挨拶すると、十勝さんは「作りすぎちまったんだ。良かったら

食ってくれ」と、肉じゃがを差し出した。

 十勝さんは見た目は893っぽかったが、実は

料理人らしく、こうして美味い食事を時々差し入れてくれた。

 今日は肉じゃがを貰った! やった! 十勝さんの

肉じゃが、超うめぇから! と、喜びを隠し切れずに笑顔がこぼれる。


「この間のけんちん汁もメッチャ美味かったっす!」

「そうかそうか~。大地は何でも美味そうに食ってくれっから、

俺も料理のし甲斐があるなあ~」

「十勝さんの料理がマジ美味いからっすよ~!」

「そうかそうか~。はははは」


 と喋っていると、玄関のドアが開いた。

 盛大な寝癖をつけた鳥居が立っている。

 オレが買ってきたスウェットの上下なのに、俳優レベルの

イケメンなのが憎い。


 そんな身だしなみに構わない鳥居が顔を出したのだ。

 何だ? トイレか?(トイレが共同なので部屋から出ないといけない)

と思っていると、鳥居が「……やいた」と、言い出した。


 何を焼いたんだよ? と問い返すと、鳥居が皿に

乗った黒焦げのナニカを差し出して来た。

 焦げ臭いアロマが充満する。


「何だよコレ!? どういう錬金術を駆使したんだよ!?」

「……たまごやき……」


 どうやらオレの弁当に入れるつもりで玉子焼きを作ったらしいが、

どう見ても備長炭のカタマリにしか見えなかった。

 しかも鳥居はムダに『綺麗な形に整えよう』として、真四角の

コゲ玉子焼きを作っていた。レゴのブロックみたいな形状だ。

 それを見た十勝さんは「千島は本っっっ当に不器用だなあ~と

苦笑している。これは否定出来ない。


 でも鳥居にもプライドがあるだろうから、あんまり笑い者にせず、

オレは「サンキューな」と玉子焼き(仮)を受け取った。

……マヨネーズとソースをぶっかければ、食えない事は

ないだろう。胃薬も大学に持ってくか……と思ったのだが……。


「……!」

 鳥居が目を瞬かせると、ドアを開けて飛び出してきた。

 そしてオレを抱き締める。

「ギニャァアアアアアアアア!!!!!!」

 頭をゴリゴリするように擦り付けられて悲鳴を上げる。

 十勝さんの目の前でハグすんな! と鳥居を押しのけるも、

十勝さんは「若者は仲良しでいいなあ~」と、のほほんとしている。


 仲良しっていうか……! べ、別に鳥居と仲良いわけじゃねーし!

 こいつ冷え性で冷たいから、冬場はくっつかれたくねーし!

 と、慌てて色々と否定した。



 そんなこんなで、オレは平和(?)で幸せに暮らしてます。

 だから心配しないでください。草々。

 鳥居を見てると飽きないよなあ……。

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