「そうなんだ。あの国語の石頭、まだ教師やってたんだw」
「はい。売れっ子の小説家になると言いながら、未だに読み書きできない漢字があるんですよ。例えば、
「そりゃ、傑作だわーww」
僕が新品のタイヤに味を
「おい、ミラ。ちょっと来い……」
「うん? ダイチちゃん、おっはー。どうしたん?」
その店内でミラとスズネの姿をバッチリと認識すると、そそくさとミラをスズネのいない隅に誘い、小声で問いただす。
『……どうしてお前が僕のバイトしてるコンビニに来てるんだよ‼』
『何の。警察官の個人情報捜査を舐めないでよ。君のバイト先なんて調べれば、秒で割れるわよ』
毎日、汗水流して働いている僕の存在価値って一体……。
『それで何でスズネと親しげに話をしてるんだよ‼』
『何でって? 偶然、店内で買い物してたら、同じく買い物帰りの彼女と知り合ってね』
そのわりにはフレンドリー過ぎるぞ。
警察官って、こういう陽キャスキルも学ぶのか?
「そういう君は夜勤明けなのに何でここに?」
声のトーンを戻し、僕がここに来た確信をついてくるミラ。
「忘れ物をしたんだよ。新しい履歴書を買いにな」
「何さ、ここのコンビニの店長ちゃんにでもなるん?」
「話が飛躍過ぎだろー!」
思わず感情的になり、店内で大声で否定する僕。
お客さんの白い視線が僕に向けられる。
「クスクス。仲良いね。二人とも」
いつの間にか、スズネが僕の背後を取っていた。
「まあ、コイツとは腐れ縁だからな。それよりもスズネ……大事な話がある」
僕は今度はスズネの方に向き直りながら、彼女をコンビニの奥にあるトイレに連れていく。
「おおっ、ダイチちゃんも、お盛んなことで」
「違うわい。検査結果の報告じゃい!」
「えっ、そうなの? まあ見た目は悪くないんだけど……」
スズネが僕の方を凝視し、失礼極まりない言葉を呟く。
「あのなあ。大学のサークル自由研究の課題がまだだっただろ? メスの蚊は生き血以外に何のエキスを好むのかと……」
「えっ、あの自分の妄想劇、ガチでやってたの?」
****
『ジリリリリー!』
「──何だ、夢か……」
自室の寝床から目を覚ました僕は、アラームの鳴る目覚まし時計を手元に引き寄せる。
そうだよな、そう簡単に、僕ら三人の接点が繋がることなんてない。
第一、スズネにほのかな好意を抱いていることは、まだ誰にも打ち明けてもないし、エスパーじゃないと見抜くことは不可能だ。
──ふと、枕元の近くに置いていたスマホに再度視線を反らすと、昼の一時を過ぎていた。
あのタイヤ爆発事件から、数時間が経過している。
そもそも、あの修理したプルプルおじいちゃんは本当に自転車の修理屋さんだったのか、それすらも怪しい。
まあ、お客さんから熱く信頼されている老舗の『花丸自転車屋』じゃ、そんなヘボな手抜き修理はしないけどな。
──その時、スマホの着信音が鳴り出し、『花丸自転車屋』と画面に標示されたのを黙認し、僕はスマホを耳に傾けた。
「もしもし、ダイチ君かな。修理の方は無事に済ませたよ。しかし、とんだ
「犬とは?」
「ああ。いい加減な安物のタイヤを取り付けてね、さらにタイヤのチューブをホイールに噛んでいたよ。初心者にありがちな修理だね。今回は自分でやったの?」
「いえ、修理なんて器用なことできませんから」
「そうかい。じゃあ、いつもの自宅に自転車届けるね。今からいいかい?」
「はい。今、目覚めた所ですので」
「了解。これからもよろしくね」
「はい。ありがとうございました」
通話を終え、僕は背伸びをし、修理された自転車を待ちわびる。
車やバイクでいう所の車検にあたる工程。
いつも、この瞬間が好きなんだよな。
****
それから10分後、僕の家に白い軽トラが止まる。
しかし、配達人は、いつものおじさんじゃなく、緑のツナギに緑の帽子を深く被った女の人だった。
「すみません。自転車をお届けに参りました。ご請求金額は……えっ?」
「なっ!?」
彼女が、お金を請求しようと近づいた瞬間、相手の
「なっ、何でスズネが持ってくるんだよ?」
「何でって、いとこのおじいちゃんのお店だから、車の熟練もかねて、手伝いをしてるのよ」
「大学はどうしたんだよ?」
「一応、単位なら取っているわよ。それよりも自分が来たら、迷惑なわけ?」
「いや、意外だなと思ってさ。スズネってバイト先じゃ、あんなツンツンじゃん。だから……」
「おじいちゃんっ子だったことが知れて、意外だった?」
僕は拳を握りしめ、無言で頷いた。
「自分も意外な一面が知れたかな。ダイチ君、お店じゃあ、ああだけど、きちんと一人暮らしして、自炊もしてるんだなって」
「あはは。僕も二十代半ばだよ。
「──それに僕の両親はもう……」
「もう?」
「いや、何でもない」
両親は旅行先で交通事故に遭い、それを機会に一人暮らしを始めたなんて言う必要はないか……。
スズネにはスズネの生活があるし、余計な心配をかけたくない。
「じゃあ、またバイト先で会おうね」
「深夜の密会みたいだけどな」
「ダイチ君、それセクハラだよ?」
スズネが真面目に僕との距離を遠ざける。
「あっ、はい。
「あははっ。ウケる。冗談だってばw。ダイチ君、芸人目指してみたら?」
「いや、僕は安定した職に就きたいから」
「真面目君かよw」
「……じゃあね」
スズネは軽トラを方向転換させ、僕のいるアパートから離れていった。
****
僕は部屋に戻り、カレンダーの日付に目をやりながら、何かに気づく。
今日の日付の下に赤ペンで何か書いてある。
今日、昼の三時過ぎに掛け持ちでやる予定な、新しい職場での面接と……。
「しまったー、忘れてたー!?」
目覚まし時計の時刻は二時を指しているが、今からなら急げば、まだ間に合う。
「いや、それ以前に僕……」
おいおい、まだ履歴書すら書いてないし、その履歴書すら、切らして無いぞー‼