今の話だとアヌレイはまだカルネのことを狙ってるからこそ同じ職場にいるんじゃないかとも思えるし、というかカルネもカルネでもういい年なのに彼氏がいたかどうかも聞いたことがないのも気になるし、と気になることが多すぎて仕事に集中できない頭になってしまったのだから。
ただ、一つ納得できたのは。
「だからアヌレイ先生強いんですね……」
人目を気にせず好き勝手に振る舞うアヌレイ。
元々の性格もあるだろうが、確実に、カルネの冷たい罵声で鍛えられた面があるのだろう。今度アヌレイを飲みに誘って根掘り葉掘り聞いてみよう、とセレーネは密かに企むのであった。
「ちょっと、聞いてる? もう手伝わないわよ?」
「すみませんすみませんもう一度お願いします!」
カルネの叱り口調に、これ以上カルネの機嫌を損ねたら死活問題だとハッと我に返ったセレーネは、まだ衝撃が抜けないながらも何とか頭を仕事へと切り替えた。
「メイちゃんが発動したのは超音波魔法ていうのはわかったけど、発動条件がわからないのよね? どういう状況で発生したかわかる?」
「どういう状況……というと?」
「怒った、驚いた、泣いた、興奮した。大体魔法が突然発動する時は今言った状態で起こることが多いの。魔法が発動するまでにメイちゃんがしていた行動は覚えてる?」
「ええと……あ、喧嘩してました。でも、その時は発動せずにアロ先生が治めてくれていました」
「じゃあ喧嘩で怒ったからじゃないわね。その後は?」
「えーと、同じ色のブロックを取りあっていたので、アロ先生が多めに出して分けてあげて、それから……んー、泣いたりはしていませんでしたね。楽しく遊んでいただけなはず……」
セレーネはその時の記憶を必死に掘り起こしながら答えていく。
「……ダメだ、遊んでいた、としか覚えていません」
「そのおもちゃは最近仕入れたもの?」
「ブロックのことですか? はい、3日前に……」
「メイちゃんはそのブロックでよく遊んでる?」
「いえ、2日熱で休んでいたので今日が初めて……」
セレーネはハッとする。
「「興奮した」」
2人は顔を合わせ同時に言った。
「そっか、初めての玩具で、わー!、てテンションが上がって発動しちゃったんですね」
「しかもその前日まで熱があった。もしかしたらその熱がきっかけでメイちゃんの中の魔力が覚醒して魔法発動に繋がったかもしれないわね」
「熱で魔力が生まれることとかあるんですか?」
「正確に言えば、その子の中で魔力が生まれるから熱が出る、の方が正しいわね。ちょっとした覚醒の副作用って感じらしいわ」
「え、じゃあ熱が出た子は要注意じゃないですか」
「でも必ずしもじゃないのよ。そうでなくても小さな子どもは熱が出やすいから。ただ、そういうケースもあるというだけ」
肩を竦めながら話すカルネに、”冒険者の子どもはややこしい”と言われる理由を改めてセレーネは理解した。
いつ力に目覚め魔法が発動するのかは、予測不能。
「子どもって恐ろしいですね……」
ぽつりとつぶやくセレーネに、「大変さで言えばこれはまだまだ序の口よ」とカルネは悪戯な笑みを浮かべた。
「あ、そうそう。すっかり言い忘れてたけど、さっきフォーティスさんと話したわ」
ふと思い出したカルネは、書類をセレーネに返しながら言った。
「ナタ君のお母さん?」
書類を受け取りながらセレーネは驚きの声を上げた。
「え、何でカルネ先生に?」
「たまたま通りかかったからだとは思うけど……ちょっと、いや、かなりかな。思い悩んでいる様子だったわ」
カルネは少し顔をしかめると「どうやら貴女とメイちゃんのお母さんとの会話を聞いて落ち込んでいたみたいなのよ」と付け足した。
「……え、私、何か失言したかな」
セレーネは青ざめ、先程での入り口で交わした会話を必死に思い出す。
けれど、自分の対応は間違っていないと自信を持って言える言葉しか言っていないはずだった。
「え、どーしよカルネ先生、何に気分を害されたのかわかんないです」
セレーネは涙目になりカルネに訴えた。
「んー……多分、貴女の失敗は、ない」
カルネは悩む仕草をしつつも、断言するようにそう言い切った。
「私もね、一応確認したのよ。入口の
アンファンには、各部屋と入り口に園長が作った黒い箱が設置してある。
その箱の四方に丸いレンズがついており、そこに映ったものを記録する。
それを見れるのは園長の部屋にある大きな水晶か、カルネとツボネだけが持っている掌に収まるサイズの小さな水晶のみ。
日にちと時間を指定すればかなり昔にも遡っても見れるのだが、それには緻密な魔法のコントロールと園長からの許可魔法が必要なため、
ただ、黒い箱を動かし続ける為には魔力が必要なので、アンファンに出勤した職員が1日に一度必ず園長の水晶に魔力を1割注ぐことにより、黒い箱のエネルギーを保っている。
「会話も確認したのだけれど、セレーネの言葉には何ら問題はなかったわ。ただ……フォーティスさんに聞かせるのはよくない内容だったのよ」
カルネが困った表情をしながら言った。
それに対してセレーネは困惑しながら「え、ええ?」と言うことしかできない。
自分にミスはない。
なら、何故フォーティスはカルネに相談を持ち掛けたのか。
何故自分がいるときに何も声をかけず、カルネに声をかけたのか。
「セレーネ先生。……ナタ君から、魔力の片鱗は感じますか?」
カルネが改まって言った言葉に、セレーネはハッとする。
「……感じません」
1歳児クラスにいるナタは、知らぬものはいないほどの腕のある魔法使いフォーティスと、僧侶のレクイムの2人の子。
冒険者の中でも有名な2人から生まれた子どもだ。
それなのに、同じ年の子がどんどん魔力に目覚める中、ナタにはその様子が全く見られない。
それは、強い力を持つ2人にとってはあってはならないこと。
魔力がないことが子どもにとっては普通であるけれど、彼女たちにとっては魔力があることが普通。
周りにはあるのに、自分の子だけにはない。
自分たちには誇れる力があるのに、素人並の力しかない周りの親の子ばかり魔力が恵まれている。その中でも、メイの両親は言葉は悪いがナタの両親に比べるとかなりの格下だ。
そんな格下の者に生まれた子が、自分の子を差し置いて特殊で強力な力に目覚めたとあれば。
「……焦ってるんですね」
セレーネの呟きにカルネは頷く。
「比べなくてもいいのに、比べる必要などないのに。……自分が優れているからこそ、比べちゃうのでしょうね」
「しかも、1歳の子たちの中で力に目覚めていないのは15人中3人なんです。昔の記録の中では早い方なのですが」
「あー……それは、ちょっと」
「でも、ナタ君は必ず目覚めると思うんです。今まで目覚めなかった例はないですし」
「私も同意見なの。だから、焦らなくて大丈夫ですよ、と声をかけたのだけれど……ちょっと、心配なぐらい顔が青ざめてたのよ。少し、注意して見ておいて」
「肝に銘じておきます」
セレーネがそう答えた時。
電話が鳴った。
電話はセレーネの机の近くにあったのでセレーネはすぐに電話を取った。
「はい、アンファンの1歳担当のセレーネです。ご用件は何でしょうか? ……あ、フォーティスさん。はい、カルネ先生からも伺いました。不安にさせてしまい申し訳ございません。はい、ええ、ええ……」
――噂をすれば何とやら
カルネはセレーネの電話を邪魔しないよう、沈黙して見守った。
「わかりました、では明日午後5時から時間を空けておきますので、入口の職員に声をおかけください。ナタ君のことは別の職員に任せることが可能なのでご安心ください。では、明日お待ちしていますね」
セレーネは優しい声色でそう締めくくると相手が通話を切るのを待ってから受話器を置いた。
「ふう……明日、面談をすることになりました。一度ゆっくり話したいので明日時間を取れませんか?、とのことだったので了承しました。……まぁ、誰にも確認取らずに了承するのはよくありませんが、今回は多目に見てもらえますよね?」
「うん、いい判断ね。今回は多目に見るどころか、それが妥当だと私も思うわ。ある程度は手助けしてあげるし、まぁ、アロ先生がいれば大丈夫だとは思うけど、フォーティスさんのことを一番に優先して動きなさい」
「はい。……とりあえず、今はこれをやっつけなきゃですよね」
気を引き締めて頷いたセレーネは、目の前の書類に改めて向き合うと項垂れた。
「そっちはちゃんと手を貸してあげたんだから、あとは頑張んなさい」
落ち込むセレーネを励ますように彼女の肩を軽く叩き、カルネは笑った。