「本当に申し訳ありません! ウチの子がとんだご迷惑を……!」
魔法を誤発射した時は親にそのことを包み隠さず伝えるのが当たり前であり、義務である。自身の子どもの能力を把握するためにも必要不可欠なことだ。なのでセレーネはありのままを伝えた。すると、迎えに来た母親はこちらが恐縮するほど頭を下げ、目に涙を浮かべて謝罪した。
「いえいえ、大丈夫ですよ。アンファンではよくあることですし、何より小さい子が魔法のコントロール出来ないのは当たり前ですから」
母親の謝罪ぶりに気圧されつつも、セレーネはカルネに倣った笑顔を張り付け対応した。親は、子どもが何かをしでかしたか知ると、自分が悪いんだと責めがちな親の方が多い。特に、アンファンに預けにくる親は今まで他の保育園で門前払いされた経験がある分、そういった傾向が多い。
だからこそ、安心を持たせるための笑顔が必要なのだ。
『いつかそれが自然と出せるようになるのが貴女の目標ね』
そう言って意地悪に笑ったカルネより笑顔を上手になってやろうと日々奮闘しているセレーネは、完全にカルネの策にハマっているということは知る由もない。
でもそのおかげで、セレーネの笑顔は板について来ていた。そのおかげで、セレーネの笑みと優しい声色で少し冷静になった母親は、自責の念で目に涙を浮かべながらも「ありがとうございます。先生のお陰で他の子に被害が及ばずにすみました」と再度礼を述べた。
「いえいえ、それが私の役目ですから。それにしてもメイちゃん、凄い能力を持っていますね。成長したら中々の凄腕冒険者になってくれるかもしれません。大変珍しい能力ですからね」
悪いことを伝えてから、いい所を伝えて褒める。
親を安心させるための鉄板技だ。
子どもをちゃんと見ているという信頼を得る方法にもなるし、言葉選びが少々苦手であるセレーネではあるが、カルネが使う言葉を盗み真似ることでこなしていた。このセレーネの策は見事成功し、メイの母親は沈ませていた表情を途端にぱぁっと輝かせた。
「そ、そうですよね! ホントだ、わあ、そんなこと考えたこともありませんでした! 私も旦那もそんなに強い冒険者ではないですし、持ってる能力もあまり強くはなくて……でも、合わさるとこんな貴重な能力が生まれるんですね。何だか、これからの成長がとっても楽しみになってきました!」
急に饒舌になり目を輝かせ興奮し始める母親に再び気圧されながらも、セレーネは笑顔を崩さず「そうですね、私も楽しみです」と同意した。そこからは母親の子ども自慢が始まりセレーネは暫し笑顔を張り付けたままのイエスマンとなり果てた。
これも、保育士として大事な仕事。
忙しい親ほど子どもに関して相談する場所や自慢する場所、という名の掃き出し場所が少ない。その場所として、保育園は大いに重要な場所でもある。
暫くマシンガンのように話していた母親は、満足そうに子どもの手を引き帰っていった。スキップしそうな背を見せる母親に手を振りつつ、セレーネは笑顔のまま内心ほっと息を吐いた。
とりあえず、母親に関しては難なくこなせた。
担当部屋の子どももある程度は帰ったことだし、ここから残業確定の書類仕事だ。
「……定時で帰ったのって、いつだっけ」
ぽつり、とセレーネは呟いて嘆きつつ、書類が待っている職員部屋へと足を運ぶのだった。
この日の、対応。
傍から見ても、セレーネの対応は花丸ものであったし、何の問題もなかった。
母親だって、嬉しくなって担当の先生に自慢しただけ。
そう、だから、誰も悪くない。
盗み聞きしたわけではない。
入り口で話しているから、聞こえてしまっただけ。
普段なら耳をそば立てずさっさと帰るし、話の内容なんて気にする人はそうそういない。みんな忙しくて少しの時間も惜しんですぐに帰るのだから。
ただ、不安な人ほど、周りの話を耳に入れてしまいがちだ。
だから、偶然だった。
対応と笑顔に集中していたセレーネが、とある人物が傍で聞いているのを気づくことなんて無理な話だった。そんなことに気づけるのは、超人並の周囲把握力のある人しかできないだろう。
だから、誰も責めれない。
聞いた本人も、そうわかっていた。
でも、惨めで、悲しくて、やるせない気持ちの行き場が欲しくて。
――爆発、してしまった。
「あの、先生」
セレーネが去った後に通りがかったカルネに。
涙を浮かべた女性が声をかけた。
「フォーティスさん?」
カルネは。
凄腕の魔法使いとして名高い彼女、もとい、セレーネが担当する部屋にいるナタの母親の名を口にした。
そんなことが起きているとは知らないセレーネは、書類仕事で脳が破裂しそうになっていた。口は上手く回るセレーネだが、文を書くという、頭を捻りながら手を動かす作業はとてつもなく苦手なのだ。見本を見ても似たような文章になってしまい「やり直し」と園長に何度も言われるため、余計自信をなくしてしまい脳が動こうとしなくなってきていたのもある。
なので、セレーネはカルネを待つことにした。
カルネのお手本はとても具体的だ。
彼女は本当によく頭が回るので、やる気がなく適当に答えている時でもそこそこ出来の良い文章が出来上がる。それを殆どそのまま書き、そこに自分の言葉を軽く足せばかなり簡単に書類が通るのだ。
最早、ズルといってもいい方法ではある。
けれど、仕事を円滑に終わらせるためにも仕方ない。
最初の一文字すら出てこないセレーネにはその手段しかないのだから。
そうしてぽけーと間抜け顔で書類の上で頬杖をつき、指先でペンを回して遊んでいると。
ガラ
職員部屋の扉を開けて目的の人物が入ってきた。
「(よっしゃー! 待ってましたよ先輩早速助けてくださいその賢い頭脳の一部を私に分けてください!)おつかれさまでーす」
心の声ほぼ駄々洩れの満面笑顔で勢いよく立ち上がったセレーネは言った。言葉にしていなくとも、顔というか元気のよさから漏れ出ている言葉で察したのだろう。セレーネの元気爆発っぷりにカルネは顔を引きつらせつつ「どうも……」と返答した。そして、セレーネの手元を見てなんとなく事情を察したカルネは、助けないという選択肢はないだろうなぁ、と覚悟した。
気弱で頼りなくてメンタルの弱い後輩も大変だが、口達者でずる賢さに関しては頭が大変よく回る後輩を持つのも大変だ、とカルネは内心ため息をつく。
「……何の書類につまったの?」
手を差し出し、尋ねる。
仕事がたくさんあっても見てあげてしまう自分の面倒見のよさを少し呪うカルネだった。
「キャー! 何で私の思ってることわかったんですか! やばい、私とカルネ先生は魔法なしでテレパシー出来ちゃうんですね。これはもう愛し合ってますよね、結婚します?」
ちょっと頬を赤らめ手を添えつつ、セレーネはいやんと腰を捻った。
「私が着た瞬間の笑顔がもう……ていうか言いたいことが顔に駄々漏れなのよ。それ以上アヌレイみたいな馬鹿なことを言うなら私はここで失礼――」
「よろしくお願いいたしますカルネ様御姉様神様。私をお助けくださいまし」
呆れ口調で言った後そのまま踵を返そうとするカルネに、セレーネは渾身の土下座をして懇願した。このまま放っておくと、セレーネをカルネがイジめているようにしか見えないので、カルネは一つ溜息をつくと仕方なく「見せなさい」と再度手を差し出した。
勿論すぐに、セレーネは嬉々として書類を渡した。
「にしても、アヌレイ先生みたいって、あの人何かやらかしたんですか?」
ふと、疑問に思ったセレーネはそのまま思ったことを口にした。
書類に目を通していたカルネは一度嫌な顔をし、またため息を吐くと「そっか、アンタは知らなかったか」と話し始めた。
――――約、10年前の話。
カルネが18歳の時。
バラの花束を持ったアヌレイが突然目の前に跪いたと思うと「私と生涯を共にしてください!」と言ってきたのだ。容姿端麗のスーツ姿が決まったアヌレイは、どこからどう見ても男にしか見えなかった。
その時傍に居たカルネの友人はイケメンきたー!、とはしゃいでいたが、瞳魔法がその頃から特化していたカルネは違った。
「……レズですか?」
「ハイ、レズです!」
「……ごめんなさい、私にはそんな趣味はありません」
カルネは元気な返事を聞き、とても丁重に断った。
そういう趣向の人は今は世の中にゴロゴロいると分かっている分、変態などと罵倒するのはしない。しかし、初対面で会話も交わしたことのない自分にプロポーズしてくる時点で異性であれど変態と罵倒したいところだが、相手が女性ということでそこは自重した。
だが、その対応をしたことはすぐ後悔することになった。
残念なことに、その頃のアヌレイは頭のネジがどっか飛んでいっていたらしい。
カルネの行く先に現れては「お友達から!」「ぜひあなたの傍にいたい!」「どうか私を傍においてください!」と常に豪華な花束を持って現れたのだ。
それはもう、毎日毎日毎日毎日――――
「去れ、変態」
流石のしつこさにブチ切れたカルネは、罪はない花束を踏みつけながら言った。
瞳魔法の怒りの圧つきで。
関係のない周りの人々が震えるほど怯える圧だった。
それなのに。
「……やっぱ友達になろう?」
アヌレイはめげなかった。
その根気強さと、そこまでして自分に近づきたいアヌレイの熱意にほぼ呆れ、色々と諦めたカルネはアヌレイと友人になった。カルネの容姿に一目惚れしたアヌレイは、カルネをストーキングしている内にその性格も気に入りどうしてもお近づきになりたくなってしまったらしい。
だが、どう頑張ってもカルネの気持ちが揺るがないことを察し、友人で留まることにしたのだ。
「――まぁ、短く言うとこんな感じ。まぁそんな話は置いといて。この書類のこどだけどさ」
置いときたくない。
淡々と話した後すぐ仕事に移るカルネに、セレーネは心の中で突っ込んだ。