大風の中、雨が降り出した。
嫌な宵だ、とシェルは柳眉を寄せた。そして、つくづく不合理で野蛮で迷惑な慣わしだ、とも。
北海を囲むように領土を築き、広大な海洋帝国を打ち立てた始祖帝の四人の弟は、建国の功臣であり、それぞれに大公位を与えられた。シェルの十二代前の先祖にあたる。十二代前、先祖たちは、この地の先住民から『入江から来た者』と呼ばれ恐れられる蛮族だった。
今は気候が温暖で文化的に進んだ南方を手本に、蛮族の悪名を返上すべく数々の施策を講じているが、このような蛮習が復活するようでは、まだまだだ。シェルは凝り固まった肩をほぐしながらため息をつく。そのせいで、腰に吊るした剣の重さに体が傾くのを必死に立て直しながら、掠奪者が来るのを今か今かと待たねばならないし、もう何時間もそうしている。
皇帝が執り行う嫁取りの儀式、『后狩り』のせいだ。
戴冠式を半年後に控えた若き皇帝エーヴェルトが、数代ぶりに皇后を自らの手で得る后狩りを行うと宣言した時、異を唱える者はいなかった。廃れつつあるとはいえ古来の伝統であり、新帝の勇壮さを知らしめるのに適した慶事だからである。
ただし、屋敷の門に目印の白羽の矢を立てられた家──皇帝の標的となった娘の一族には一大事だった。