古の掠奪婚に起源を持つ后狩りは、建前上、娘を奪われる家では不名誉なこととされる。そのため、形式的に一族の若者たちが娘の護衛番を務め、一応は抵抗する慣わしとなっている。
一族の面子を保つために、シェルは妹クリスティーナの護衛として父に呼び戻された。
亡き母の母国ミレニオに留学して一年、学業を半ばに切り上げるのは断腸の思いだったが、大切な妹の結婚ともなれば、勝手を通すわけにもいかない。しかも相手は皇帝陛下である。大公家の跡継ぎとして、立派に妹の盾となり、偉丈夫の陛下に薙ぎ倒されて、悔し涙に暮れる――振りをしながら大事な妹を奪われる役目を果たさなければならない。
(──茶番だ)
儀式とは、そうしたものである。
シェルは再びため息をついた。
白羽の矢を立ててくれたはいいが、そこには結び文もなく、后狩りの日時もわからない。早馬に継ぐ早馬で留学先に知らせが届き、距離が距離だけに苦手な馬車に放り込まれ、何度も馬を替え一週間かけて帝都に戻った時、あらゆる乗り物が苦手なシェルは殆ど虫の息だった。
それでも愛する妹の護衛番をしなければ、と青白い顔で屋敷に辿り着いたが、ほぼ同時に皇帝が軍港の視察に出たとの知らせがあった。おかげで、往復一週間はかかるその旅程の間、シェルは何とか体調を整えることができ、こうして今夜を迎えている。