妹の問いに、口に出しては答えなかった。クリスティーナもそれを求めてはいないだろう。
この国で、こうして自分を案じてくれる相手と過ごすことで、思い知らされる。そんなあたたかい存在は、妹ただ一人だけだということを。
(──やはり帰ろう)
護衛番をしていれば、いつか皇帝と鉢合わせることになる。その時にはなるべく不興を買わぬように、形ばかりの抵抗をして、妹をその手に渡そう。兄としての役目を終え、婚礼にまつわる一連の儀式が終わったら、速やかに国を出てミレニオへ向かおう。
もう戻れないことを想定し、教授には退学の意を伝えてきたが、復学を願い出れば許されるはずだ。そうして再び呼び戻される日まで、静謐な学究の日々を送ればいい。――そんな日は、おそらく永遠に来ることはないと知りながら。
寂寥と安堵が同時に去来し、儚く微笑む兄を気遣い、クリスティーナの手が頬に触れる。このぬくもりを覚えておこう、とシェルは手を重ねた。遠く隔っても、二度と会えなくても、クリスティーナがたった一人の、互いを思い合う妹であることは、死が二人を別つまで変わらない。
──その時。
立て続けに、廊下で重い物が床にぶつかるような鈍い音がした。それに続いて、短い呻き声も。
「……アラン? 何かあったのか?」