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 今夜の不寝番を務めるはずの従弟の名を呼ぶが、返事はない。シェルは俄かに緊張し、固くなりながらも立ち上がると、クリスティーナを背に庇った。こんな悪天候で、まさか后狩りが行われているのだろうか。

 部屋には当然、鍵をかけている。とはいえ、后狩りのために付け替えた、破られることを前提にした簡易錠だ。施錠されていることを確認するようにガチャリと扉の取っ手が鳴り、背後でクリスティーナが息を呑む気配がした。


「お兄様……!」

「もう何も言ってはいけない、わかっているね」


 奪われた娘の親が、掠奪者を婿と認め和解するまで、娘は一切口をきいてはいけないのが后狩りのしきたりである。そして、武術に長けた従兄弟たちが簡単に道を譲ったなら、それは掠奪者が皇帝だということだ。

 臓腑まで震えるような雷鳴が轟くのと、荒々しく扉が開け放たれたのは同時だった。雷光を背に、大きな影が室内に伸びる。あまりの轟音と衝撃的な登場に、クリスティーナは勿論、シェルも肝を潰されてしまい、座り込まずにいるのが精一杯だ。

 竦み上がったまま呆然とする兄妹に、ゆっくりと影が近づいてくる。蝋燭の灯りが届いたその顔は、──皇帝のものだ。

 この嵐の中、一週間に及ぶ行幸の直後に、后狩りが行われている。それだけ自身の選んだ獲物──クリスティーナを、皇后として熱望しているということだろう。

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