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白き結婚の結末
白き結婚の結末
さち姫
異世界恋愛ロマファン
2025年08月12日
公開日
2万字
連載中
私は伯爵家に産まれた。伯爵家と言っても、差程権力もなく、立場は低かった。 けれど、財、はあった。 その反面、王族の血筋を引くザカリ侯爵家は、権力も、立場も高かったが、 財、がなかった。 そうなれば、お互いの利害は一致し、私達は婚約し、婚儀を挙げた。 ところが婚儀を挙げた次のに、愛人を屋敷に招き、住まわせると、告げられた。 それから辛い日々が続き、その上愛人は身篭った。 私には、ひとつも手を出さなかった。 もう疲れました。 私は、白い結婚の為離縁を致します。

第1話 同じ事の繰り返し

「お忙しい中よく来てくださいました」

私は、微笑みながら、正装した年配の男女に、会釈する。

「こちらこそ招待して頂き嬉しく思うよ」

柔らかな物腰で微笑み、会釈を返される。

「お忙しい中よく来てくださいました」

微笑みながら、私は、また、来てくださった方に、会釈する。

「こちらこそ、招待ありがとうございます」

少し言葉は違うが、また、同じように柔らかな物腰で微笑み、会釈を返される。

「お忙しい中よく来てくださいました」

微笑みながら、私は、また、会釈する。

そうして、また、柔らかな物腰で微笑み、会釈を返される。

そして、また、繰り返す。

「お忙しい中よく来てくださいました」

もう、幾度、いや、何百回繰り返しただろう?

このホールの入口に一人立ち、延々と繰返す、同じ言葉、同じ微笑み、誰にでもに優雅に接し、侯爵夫人として気品を醸し出し振る舞う。

それが私の役目でありであり、務め。

張り付いた微笑みも、

微笑みも、

言葉も、

全てにおいて、

己の心に反するものであっても、

誰もが認めるものに達観した、

理想的な侯爵夫人を演じ続ける。

これは、私が存在する為の、義務であり、役目なのだ。

いいえ、別に苦ではない。あの方との婚約が決まった時点で、厳しいまでの侯爵夫人としての礼儀作法を学び、その立場も、この家同士の繋がりの意味も、理解している。

だから、既に、私の1部となり、難なく、自然に振る舞えるようになった。

「お忙しい中よく来てくださいました」

誰かが来る度に、私は侯爵夫人として迎え入れる。

招待客、全ての方の名を間違えることなく、言葉が紡がれる。

疲れたでしょう?もうやめましょうよ。

声が、聞こえる。

「お忙しい中よく来てくださいました」

もう辞めたいよね。こんな無駄な事、いつまで続けるの?

また、声が聞こえる。

「ええ、招待ありがとう。侯爵様は?ああ、カテリナと御一緒ね」

初老の夫婦が腕を組み私に招待状を渡しながら、当然とばかりに奥を見ながら言う内容に。胸が鋭く、今も、痛む。

わざわざ言わないで。そんな事知ってるわ。

と奥底で泣く、もう1人の私が叫んでいる。

今更、でしょ、

と凍えた声で冷静に言う私がいる。

無意識に目線が奥へと向き、楽しげな二人が否応にも目の中に映る。

いつもの光景で、見慣れた光景なのに、いつまで経っても、慣れない。

「よく出来た、奥方だな。羨ましいよ」

よく出来た?何が?

「あなた、どういう意味なの?もしかして愛人がいるの!?」

「い、いや、いないよ。さ、さあ、中へ入って挨拶しようじゃないか」

慌てて奥様の手をひき、君だけを愛しているよ、と囁きながら奥へと歩いて行った。

当然だわ。愛人を堂々と出席させる誕生日パーテーなど、有り得ない。

他国では愛人、側室を娶る国もあるが、この国では認めらていない訳では無いが、非常識、だと捉えられている。

だからこそ、愛人をよく思う正妻なんて、存在しないし、愛人、側室の存在を認める筈がない。

でも、私は侯爵夫人であり、今日はその侯爵である夫の誕生日。このような祝いの席で、自分の気持ちを表に出すなど、愚かな事は許されない。

ましてや、非常識である愛人は、既に公認とされている。

これ以上見ることが出来ず、私はまた、前を向いた。

「早く貴女にも子供が出来たらいいわね」

招待客を向かい入れる中で、誰かが言う。

酷い言葉。

それがどれだけの意味を持ち、私を辛くさせるか、誰も知らないだろう。

「うふふ、もう、やぁだぁ。ホーンたら」

カテリナの声が賑やかで煌びやかな大きくホールの中、不思議に耳に響いた。

見たくもない筈なのに、何故だか振り向いてしまった。

カテリナが楽しそうに笑いながら微笑むと、その人も優しく微笑み返した。

「カテリナがそんな事を言うからだろ」

私に1度も見せたことのない、優しい微笑みに、優しい言葉。

どうして・・・どうして・・・!?

いや、もう結婚して1年、その言葉を言うのも、思うのも、もう疲れた筈だ。

ああ、そうよ。今日は主人の誕生日よ。私が皆様をお迎えしないといけない。

そう、

只それだけよ。

それだけに私の意味があるのよ。

「お忙しい中よく来てくださいました」

ほら、いつもの言葉をただ繰り返すだけ。そして、皆様に飲み物を配ればそれで、終わる。

いつもと、一緒よ。

「・・・」

「お忙しい中よく来てくださいました」

その方に微笑み会釈する。

「主人ならあそこでございます」

「お忙しい中よく来てくださいました」

同じ言葉の繰り返し。

同じ微笑みを浮かべるだけ。

そう、それだけよ。

「・・・レン。俺だよ」

その声にハッとする。

意識という曖昧はものは、現実を拒絶した時、全てを遮断する。

だから私は、気づくまで時間がかかったのだと思う。

ましてや存在するする筈のない人がいたら余計に朧気になる。

目の前に立つ懐かしい人が、とても悲しそうに笑っていた。

だから、その人が一瞬夢の中の存在なのかと思った。

「・・・サジ、タリー?」

無意識に出た名に、安堵し小さく頷いた。

夢ではなく現実だと思うと、サジタリーとの思い出が一気に走馬灯ように浮かび、胸がざわめく。

「少し、話そうか。幾つか聞きたい事がある」

私の肩に手を置き、促した。

「もう、招待客は差程来ないだろうから、他の者に任せればいい」

ホールの招待客と、手元にある招待状を見ながら、近くの召使いに合図した。


そうして、あの頃と変わらない優しい微笑みを私に向けた。




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