私、レン・シュルクはシュルク伯爵家の次女として産まれた。
私は、薄い緑色の髪に、オレンジの瞳を持ち、どちらかと言うときつめの顔立ちをしている。
私には、兄、カルヴァンがいたため、家督を継ぐことなく、誰かの家に嫁ぐのは当たり前の事だ。
大体において、家同士の都合の中、政略結婚となるは通例だ。
だから、ザカリ侯爵の一人息子のホーン様との縁談が来たのも、納得出来た。
我がシュルク家は豊かな領地と、また事業が上手くいき、はっきりいって財だけはあるが、古き貴族との縁は薄く、正直手詰まり状態だった。
それとは逆に、ザカリ侯爵家は、遠縁ながらも王家の血筋を持ち、由緒正しい貴族で、ただ、昨今は事業が上手く行かず資金繰りに困窮していた。
こうなればお互いの利害は一致し、ホーン様は25歳。
私20歳となれば、歳も問題もなく、そして、断る理由はなかった。
それから1年後結婚した。
ホーン様は茶色の髪に茶色の瞳の柔らかな顔で、凛々しいとは言えないが、とても温和で優しい方だった。
結婚まで差程会う事はなかったが、この人となら、穏やかな生活が出来るだろう、と思える人だった。
それ、なのに。
辛辣な現実を突きつけられた。
偶然、婚儀の前日に月ものが始まり、初夜はお預けとなった。
それは仕方ないとしても、婚儀の次の日から仕事が立て込んでいると言い、ひと月も屋敷を空けた。
正直、信じられなかった。
それもやっと帰ってきたかと思ったら、幼なじみのカテリナという女性と一緒に屋敷に帰ってきた。
ふわふわと軽く動く黄色の髪の毛を持ち、くるくるとよく蒼い色の瞳が動く、とても可愛らしい女性だった。
そうして、
カテリナを私の愛人としてこの屋敷に住まわせるので、仲良くして欲しい、
と言い放ったのだ。
まるで恋人同士かのように仲むつまじく手を繋ぐ様子を見せられ、言葉を失った。
国として愛人が表立って認められていないにしても、色々な事情が存在し内々に愛人が存在する貴族もいるが、本来なら愛人は、別邸に住まわせ、男が通うもの。
本妻の視界に入らないよう善処するものだ。
それなのに、憚られる様子もなく堂々と突きつけてきた。
頼みの綱だと思っていた御義父様も御義母様も、カテリナなら当然、と許し、私よりもかいがいしく声をかけていた。
そこでようやく理解した。
始めから、準備されていたのだ。
幼なじみのカテリナがいる事も、カテリナが幼い時から家族ぐるみで付き合っていた事も、
全て、綺麗に隠していたのだ。
だから、婚儀の後、夫婦の仲を深めるため避暑地に行くのが普通なのに、ホーン様から今は仕事が多忙の為無理だ、少し落ち着いてから行こう、と言われたのだ。
それも婚儀の3日前に言われ、愕然とした。別に特別な場所に行かなくとも、お互いの持つ避暑地で、ほんの1日でも良かったのにも関わらず、ホーン様は頑なに拒絶してきた。
だから、私が月ものが始まったと伝えると婚儀終わった後仕事が忙しい、と理由でカテリナの元へと行っていたのだ。
だから、私と避暑地に行くのを拒んだのだ。
だから、カテリナが屋敷に住まう準備がおかしいくらいに円滑に行われたのだ。
家具も衣服も、私と同等の価値ある品物で、それも前々から用意されていたようだった。
それからはカテリナはまるで恋人かのように振る舞いべったりとホーン様の側から離れず、また、屋敷の誰もがそれを認めていた。
その上、仕事だと言いながら、何故かカテリナは一緒に連れていった。
結果、カテリナが来て一年弱、彼女は3ヶ月前に妊娠した。
身篭った間は私のもとに、と淡い期待は無惨に砕けた。
身篭ったとわかった瞬間から、ホーン様はカテリナから付かず離れず、まるで私が見えないようだった。
それも、御義父様は婚儀の時に爵位をホーン様に譲っているので、お義母様と離れた場所の別荘で隠居生活を送り、あまり顔を出さなかったのに、カテリナが妊娠した事を聞くとかいがいしくやって来るようになった。
まるで跡取りができたかのようだった。
分かってはいた。もともとこれは、政略結婚。そんなものに愛など、恋など、ない。
あるのは、本人の意思でなく、家の意思だけ。
それに、カテリナを何故正妻にしなかったのかすぐにわかった。カテリナは貴族の産まれだが男爵の娘で、それも平民に近い落ちぶれ家だった。
そんな女を由緒正しきこの家の正妻には出来ない。ホーン様の側にいる為にはカテリナは、愛人しかなく、また、愛人は正妻あってこその存在。
それも、笑えるわ。
正式な愛人など、もう王族しか持たないものを、堂々と娶り、本宅に呼ぶなど。
私は、
カテリナを愛人として迎える為の、
お飾り正妻なのだ。
話は戻るが、サジタリーは、この国の第3王子だ。
同い歳だった為、中等部の頃同じクラスになり、話すようになった。あまり縛りのない第3王子なのか、とても気さくで話しやすい為、いつも間にか様を付けずに呼ぶ仲になった。
キラキラと光る黒髪に、黒曜石のようなしっとりとした瞳を持つ、爽やかな顔立ち。
性格は明るく、でも自分の信念は曲げない真っ直ぐな性格。
いつの間に、サジタリーに恋心を持ち、ただ、ただ、話をするだけでも楽しかった。
高等部を卒業後、留学とい名目で各国に視察に出られ、帰って来た時には、私は婚約していた。
おめでとう、と少し寂しく言ってくれたのが、自惚れだと思ったが、それでもこの恋心の思い出には十分だった。
婚約、結婚、とする中で、会うのは誰かのパーティーくらいで、挨拶する程度となった。
それで良かったと思う。
サジタリーは、王子、なのだ。
私のような何の後ろ盾もない、中途半端な貴族令嬢は相応しくない。
そう理解しているから、余計な接触は避けていた。