「離縁?」
「はい。こちらに書類が届いております」
サイモンが茶封筒を、渡そうとしてきたが首を振った。貰っても置く場がない。
執務室の机の上にこれから出す礼状が山積みになり、下手に触ると混ざって分からなくなっても困る。
礼状が遅くなれば遅くなるほど、相手に対する親睦が薄いと感じられ、この先の付き合いに支障が出てくる。
そんな肝要な事をしているのに、あの女の、それも離縁だと!ふざけるな!!
妻としての仕事を放棄した上に、悠々と実家で過ごし、私の悪口を言っているんだろう。何様のつもりだ。
「その辺に置いておいてくれ。今は礼状の返事で忙しい」
「承知しました。では、こちらに置かせて頂きます」
ソファの前のテーブルに置いた。
ソファに座るカテリナが興味津々で封筒を見ていた。
「後で見る」
「ご主人様、少し私が話を聞いて来ましょうか?」
「それは助かる。私は手が離せないから、頼む」
30代と若いながらも執事あるサイモンはよく気がつくし、よく動いてくれる。
父上が当主の頃サイモンの父が、執事をしていたが、瓜二つだ。
丁寧で、余計な事は口を出さず、かと言って空気が読めない訳では無い。
感情を表に出さずつねに冷静に対応してくれる。
「承知しました。では今すぐにでも様子を見て参りましょうか?」
「今すぐ?そんな事よりも、私が書いた礼状の送り先を確認するのが先だろう?明日でいい」
あの女がパーティーから帰ったのはもう噂になっている。その上で、礼状が遅くなってみろ。私の質が疑われる。
妻がいなければ何も出来ない不甲斐ない、主。そうなれば、逃げられた、と勘違いするもの達が増える。
「かしこまりました。では、こちらに置いてある住所録と封筒の宛名を確認しましょう」
「頼む」
「私、手伝うよ」
カテリナが私の側に来たが、ゆっくりと首を振った。
「大丈夫だ、カテリナは座ってるだけでいいんだ。いつも言っているだろ?ひとりの体じゃないんだ。少しのことで何かあっては大変だ」
「心配性なんだから。ふふっ。でも分かったわ」
納得したようでソファにまた座ってくれた。
良かった、と安堵する。正直カテリナには手伝えない。言い方は悪いが育ちが出てくる。カテリナの家は裕福でもなく、程度の低い男爵だ。その為、礼儀作法も学ばせる余裕もなく、周りの貴族を見て見よう見まねした程度しかない。
勉学の方も平民と同じ学園にしか通えなかった為、貴族令嬢、と言うには語弊を感じる。
その為、文面が幼稚な上に、読めない文字まである。勿論、同じ事を書かせればいいのだが、如何せん字が汚い。そこまで、教育させる余裕がなかったのか、と不憫に思った程だ。
だが、愛さえあれば、そんなもの必要ないと、つくづく思った。私の側にいれば、なんの不自由もなく、何の育ちも必要なく、幸せに暮らせる。
産まれてくる子供には、愛情を注ぎ、出来るだけの教育をさせてやる。
いや、カテリナと共に学ばせるのもいいかもしれない。
妙案だ、と思ったがカテリナを見て、いや、必要ないな、と思った。
カテリナは今のままでいい。私の言う通りに動き、私を愛し、私の側で微笑んでくれればいい。
余計な知恵をつけては、厄介で苛立たしくなるだけだ。
女とは男を癒してくれる存在であるべきなのだ。
「ねえ、離縁なんて、大丈夫なの?」
ぼそぼそと心配そうに質問してきた。
あの女、つまらないことでカテリナを不安にさせるとは、これも嫌がらせのひとつだな。
不安定にさせ早産でもさせ、死産、といきたいのだろう。短慮な愚者の考えだ。
「大丈夫だ。私は暴力を奮ったか?」
「ううん」
「私は、食事を与えなかったか?」
「ううん」
「私は、この屋敷で無視したか?」
「ううん」
「そうだろ?レンをこの屋敷で妻として扱ってきた。召使い達もそのようにしている。侯爵夫人としての仕事も立場も仕事も与えているにも関わらず、被害妄想もここまで来ると可哀想だ」
「でも、離縁はそれだけの理由以外もあるでしょ」
「大丈夫だ。申し開きはする。カテリナ、とりあえず少し黙ってくれないか?仕事をしたいんだ」
カテリナはもっと何か言いたそうにしていたか、言葉を抑える。
「うん、分かったわ。ごめんね、忙しいもんね」
「その通りだ。君はお腹の子供と自分の事だけを考えたらいいから。悪いが黙ってくれ」
「うん、分かった」
微笑むカテリナに、私は微笑み返し、礼状を書き出した。