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第9話 離縁まであとひと月 2

「ねえ、さっき言ってた、その、王様やグレン様の話し、本気、じゃないわよね?」

グレン様とは、第1王子で、サジタリーの兄。その2人からさすがに既成事実を勧めてくるなんて、異常だ。

「本当だ。レンが俺の妻になる事を皆喜んでいる。何度か会ってるから、レンの事は・・・本当に皆が心配している」

サジタリーが、ふんわりと笑った。

ああ・・・大好きだ。

その微笑み。

私だけ見つめ、私だけを想ってくれる感情の煌めきを持つ瞳。

目尻にできるシワがとても自然で、心から笑っているのがわかる。

ギュッ、と袖を持ち俯いてしまった。

でも、とても胸が暖かく、私から抱きつきたいくらいだった。

「・・・ごめん・・・。私も・・・サジタリーに待っている、と言えば良かったのに・・・」

「いいんだ。お互い、離れたくないという気持ちが強くなったんだ。なあ、少し疲れたから膝貸してくれ」

立ち上がり、奥へと歩いていった。

「もういいぞ」

「え?もうですか?まだ、読み終わってませんよ」

明るい声が帰ってきた。

2人きりにならないようにと、一応同じ部屋にいる召使い、サーシャだ。

25歳と年上だが、とても可愛くて、同じくらいに見える、明るい話しやすい召使いだ。

「もう少し、仲良くしてくれたらいいのに。あ、お嬢様はそんなタイプじゃないか。真面目ですものね」

本を脇に抱え、つまらなさそうに言う。

「それは言えるな。その真面目さがいいんだが、もう少し楽しみたいんだけどな」

「分かりました。私、助言してみます。お嬢様はいい体を持っておいでなので、勿体ないんですよね。サジタリー様に満足いくように、教えてあげますよ」

任しといて、と言うサーシャに慌てて立ち上がった。

「ちょっと、何の話しよ!」

2人を見るとさすがにサジタリーは顔を赤くして、私から顔を背けた。

「ふっふふ、お2人ともまだまだですね」

何がよ、もう・・・。

「・・・サジタリー、少し横になるんでしょ?」

「あ、ああ。夜は誰だかと会食らしいからな」

逃げれたと、ほっとしながら私の側に来た。

「膝、という事は、膝枕して、欲しいんでしょ」

恥ずかしいけど、できることはしてあげたい。

「あ、ああ。実は、昔からして欲しかったんだが、なかなか、言い出せなくて」

「くうううううう!!いいですね、その会話。見てて楽しいです。キュンキュンきます!!」

目をキラキラさせながら、ガン見で私達を見るサーシャにどう答えていいのか分からない。

「サーシャ、少し声小さくしてよ」

「はい!お嬢様!!」

全くそんな気は無さそうだ。

「空気を読めない奴だな。だが、何だか、楽だな。気を遣われないから」

「ふふっ。そうね。・・・サジタリー、どうぞ」

「ありがとう」

膝枕、と簡単に言うけど、サジタリーの顔が真っ直ぐに私の目に入り、目が離せなかった。

私の頬を嬉しそうにサジタリーが触った。

「・・・いいもんだな。レンの顔がよく見える。・・・とても安心する」

頬を触る手に、自分の手を重ねた。

「私も、安心するわ、寝たら?私はここにいるから」

「久しぶりにゆっくり寝れそうだ」

そう言うと目を閉じた。

手は、指を絡め、サジタリーの胸に置いた。

少しして、寝息が聞こえてきた。

「疲れているのなら、来なくてもいいのに」

公務で忙しい合間を縫って来たのだ。

「それは、愛ですよ。だって、こんなにもお嬢様の為に動いてくれているんですもの」

静かに、それでいて微笑ましそうにサーシャが近くに来た。

「そう、ね」

サジタリーの髪を撫でながら、嬉しくて胸が痛くなる。

離縁。

そんな事、考えてもいなかった。だって離縁は、女性にとって何の得もなく、負の連鎖しかない。離縁される女性は、女性の至らなさが招いた結果。

男性が不義しても、不義とはならない。ただの遊び、として流される。

それなのに、女性が不義を行えば、責め立てられる。

ましてや、白き結婚など、誰が立証してくれる?

それは、屋敷の召使い3分の2以上のサインと、

そして、清き身体だと証明を提示しなければならない。

屋敷のサイン。つまり、主を裏切らなければならない。

確かに私を同情してくれる表情を見せる召使いは沢山いた。だが、わざわざ侯爵家を敵に回し、次の仕事がないのを理解しているから、味方はいなかった。

それに、清き身体だと証明してくれる医師は、誰でもいいわけではない。国の認定を受けた人間で、また、支払額も破格だと聞く。

このふたつが立証される書類など、不可能だ。

この人は、その全てを私の為にしてくれたんだ。

だから、わざわざ王家に携わっている医師を使い、私の純血を確かめ、証をより強固なものにした。

自分の持つ全ての人脈を駆使し、立場を利用し、破格の報酬を払ったんだろう。

そんな人じゃなかった。

何時だって、自分の立場を隠し、同じ目線を求め、王子としての立場を嫌っていた。

「馬鹿、ね。こんな私のために・・・頭を下げてくれたのね」

矜恃など捨てて、動いてくれたんだ。

「お嬢様。それが愛なんですよ。だから、返して差し上げて下さい。お嬢様は今とても幸せそうです。正直に言うと、あの結婚はとても辛辣な顔をしていて、屋敷の皆も歓迎していませんでした」

「辛い?そう、ね。・・・私には、初めからサジタリーしかいなかったのかしれないわね」

それを気づかずに、手を離してしまったのに、あなたはその手を見つけてくれた。

「いいですねえ。私の読んでいる小説みたいです。あ、この後は、駆け落ち、というのが流れですが、今回は相手が王子様なのでそれは必要ないので、出来たら、ざまあをお願いします。勿論、私が見てる所でお願いしますね!」

サーシャ、その嬉々とした顔やめてくれる?

ざまあ、なんて都合よくないから。

それと、自分の世界を私に押し付けないでよ。

「そうだ、後は婚約、結婚式に召使いの1人として見せて貰えたら嬉しいです。大丈夫です、邪魔しませんから」

何が大丈夫なのかしら。

その得意顔が、逆に不安ですけど。

「そうそう、サジタリー様にお嬢様がどの当たりが悦びを感じるか教えてあげた方がいいですよね」

「い、いらないわよ」

「何がだ?お前、いいことを言うな」

「サ、サジタリー、起きてたの!?」

「さっき起きたことろだ。サーシャと言ったな。後でゆっくり教えろ」

ムクリと起き上がり、楽しそうに笑いだした。

「勿論です!その代わり、結婚しても、私を雇って下さいよ」

「それは話し次第だ」

「では、大丈夫です、任せといて下さい。まず、2人別々で座るのは寂しいですね」

「どうして?普通はそんなものよ」

「へえ。じゃあどこに座るんだ」

何で楽しそうに聞くの!

「男性の膝の上に女性を横向きに座らせるんですよ」

「こうか?」

「ひゃっ!」

サジタリーが 軽々と私を抱き上げ、膝の上に乗せた。

「そうです。そうすると、ほら、女性の胸が目の前に来るでしょう?太ももも触りやすいですよ」

「な、何言ってるの!?」

すっと、私を下ろした。

「・・・よくわかった・・・。まあ、もう少し落ち着いたらな」

恥ずかしそうに横をむくサジタリーに、私は、サーシャを睨みつけた。

「お2人とも、可愛いですね。後はですね」

「もういいわ!!」

「いや、また今度でいい」

つまんないですね、と笑いながらお茶を入れてくれた。


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