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第5話

◇ ◇ ◇


 今日は夏祭り。私にとっては最後の祭りだ。あらから蒼羽とは会っていない。連絡は取り合っているが遊ぶ予定までは立てていなくて。


 私から誘えば早いのだが、私の身体は限界を迎えつつあった。そんな私は夏祭りに一人で行くことにした。浴衣を着て雰囲気だけでも楽しもうという作戦だ。どうせ浴衣を着るのも最後になるんだし。


「あれは蒼羽……!?」


 蒼羽の姿を見かけたので声をかけようと近付こうと走ったが、衝撃の光景を見て思わず足が止まった。


 蒼羽が知らない女の子と腕を組んで歩いている。あんなの見せられちゃ諦めるしかない、よね。


 私は蒼羽のいるほうとは逆方向に走った。その場から逃げるように。なにを勘違いしていたのだろう? 私のことを幼なじみとして見ていると言われた時点で何故気付かなかったのか。


 蒼羽には付き合っている人がいる。だから私にも優しかったんだ。女の子の扱いになれているから。私の知らないところで蒼羽が大人になっていく。私だけが取り残され子供のままだ。


 最後まで諦めずに頑張ろうって思ったけど、これはもう無理だ。蒼羽とは幼なじみでいよう。そう覚悟を決めた。この気持ちは死ぬまで心の中に留めよう。


 もうじき私は死ぬ。さようなら蒼羽。今まで楽しかった。蒼羽に届かないとわかっていても自然と口から出てしまった。


 蒼羽ともうすぐお別れ。最後にいい思い出が作れたんだから、私は幸せ者だよ。


◇ ◇ ◇


 完全に動かなくなってしまった私は自室のベッドで横になっていた。私は明日死ぬ。


 一ヶ月、あっという間だったな。結局、蒼羽とは最後まで幼なじみのまま。だけど後悔はしていない。最後まで諦めずに頑張ったけど、蒼羽がそれを望んでいたんだから。


 それなら私は蒼羽の意見を尊重する。想いが通じなくてもいい。恋人にならなくてもいい。


 私はただの幼なじみとして蒼羽の前からいなくなる。それでいいんだ。幼なじみとして大事だと言われたから、それで満足。でも来世では恋人になりたいな。


 私、頑張ったよね。……私、頑張ったんだよ。蒼羽は気付いていないかもしれないけど。途切れる意識の中で私はアイルに話しかけた。


「アイル。私、今でも死ぬのが怖い。だけど、こうして余命宣告を受けたからこそ蒼羽に気持ちが伝えられたと思うの。ありがとね」


「お礼なんか言われる筋合いねぇし」


 まだ気にしてるんだ。私もアイルのことを完全に許したわけじゃない。だってアイルと出会わなければ、こんな残酷な未来はなかったんだから。でも死ぬ前に喧嘩をして死ぬよりも感謝の気持ちを言って、生を終えたいの。


 そのほうがお互いに気持ち良く明日を迎えられるかな?って。私に明日は来ないけど。


「私もアイルみたいに死神になれたらさ、明日からも生きていけるのかな?」


「やめとけ」


「どうして? 私のことが好きなら、そのほうが嬉しいでしょ?」 


 おかしなことを言ってアイルを困らせているのは自分でもわかっていた。そんなことをしても私は蒼羽のことが未だに好きってことはアイルが知っているから。そんな状態の私と一緒にいても嬉しくはないのだろう。


「死神は普通に死んだヤツがなれるわけじゃない」


「なら、どうやったらなれるの?」


「……」


 いつもなら質問すれば大抵のことは答えてくれたアイルが黙り込む。よっぽど答えにくいのだろう。


「死神は自ら命を絶ったものがなるんだよ。お前は最後まで生きることを諦めちゃいない。そんなヤツが死神になるなんて百万年早い」


「そっか」


 なら、アイルも自ら命を絶ったの? どういう理由があって? それほど現実が辛かったの?


「お前が考えてるほど辛くはねぇさ。オレ様たちは死神になったら人間だった記憶を全て失うんだ。そうしないと死神の仕事なんか出来ない」


 過去の記憶が邪魔をする……。そうだよね。死神になる前は私と同じ人間だったとしたら、寿命が近い人間を迎えに行くなんて無理だ。きっと情を持って命を狩るのを躊躇ってしまうかも。


 そんなことをすれば死神の仕事を放棄してしまう。それは死神ではなくとも駄目なことだとわかる。


「死神じゃなくなったらアイルは消えてしまうの?」


「そうだな。姿は消え、魂のまま地上をさ迷うことになるかもな。それを最初から知らされていたら、死神の仕事なんか頼まれてないさ。だから実際どうなるかなんて、オレ様にもわかんねぇ」


「そうなんだ……。なら、私には無理だね」


「そうだ。お前は一生かかっても立派な死神になんかなれねぇ」


 死神になれば蒼羽が死ぬ前にお迎えに来ることが出来るかな? なんて考えを過ぎった私をどうか許してほしい。


 どんな姿になっても、蒼羽の側にいようとする執着心。そろそろいい加減卒業すべきかもしれない。ここまで粘着質だと蒼羽に嫌われてしまうかも。


 私ってば駄目だな。死ぬ前ですら蒼羽のことを考えるなんて。だって蒼羽のことが好きなんだもん。誰よりも大切で誰よりも大事で、この世で一番愛してる人。もう会えなくなってしまうのか。寂しいな。


 私は明日、天国に行くのかな? それとも地獄? どちらにしろ死んだあとのことなんて今となってはどうでもいいか。


 でも叶うことなら天国がいいな。そしたら蒼羽が死ぬ時に三途の川の先で待っていられるから。気が早すぎるね。それこそ『俺はまだ死なない』って、蒼羽に怒られちゃう。


「アイル、どこ行くの? 仕事?」


 翼を広げ飛び立とうとしていたアイルの服を掴む。行かないでと縋るように。こんな時にズルいよね。好きでもない相手に弱さを見せようとするなんて。そんなことしたらアイルが傷付くのがわかっているのに。


 私は悪い子だ。こんなんだから蒼羽に幼なじみとしてしか見ていなかったって言われるんだ。でもね、今にも死にそうな時に一人なのは寂しいんだよ。孤独はなによりもつらいの。


「急用が入った。すぐ戻るから少し待っててくれ」


「……わかった。気をつけてね」


 待って。行かないで。引き止める言葉がいくつも浮かぶ中、私はそれらを心の中に留めた。


 ここでアイルを引き止めるのはお門違いだ。どうせ、ここから動けないんだから私はアイルの帰りを待つことしか出来ない。


「あぁ」


「……」


 私の顔を見るなり今にも泣きそうな表情を浮かべ、アイルはどこかへ行ってしまった。急用ってなんだろう? やっぱり死神の仕事だよね。


 アイルと出会って色んなことがあったな。アイルから好きだって告白されて断ったら寿命を奪われて、一ヶ月後には死ぬって言われて。それからすぐに蒼羽に告白したっけ。でも結果は惨敗。


 蒼羽は最初から私を異性として見ていなかった。それでも諦めきれない私は蒼羽に誘われてプールに行って、けどアイルに奪われた寿命のせいで身体も動かなくなって、プールでは泳げなくなった。それでももがき続けて夜の学校のプールに飛び込んだっけ。


 私がプールで様子がおかしかったのを察して蒼羽は学校まで追いかけてくれて。そこで蒼羽の優しさに触れた。


 あぁ、やっぱり私は蒼羽が好きなんだなって。前から好きだったけどその時改めて思ったんだ。


 そこからも諦めずにアタックしようと思ったけど夏祭りでは他の子と腕を組んでるところを見ちゃって。もう駄目だと思った。それから今に至るわけで。


 だからこそ私は蒼羽とは幼なじみのままでいいやってなった。恋人になれなくても一度は好きって伝えたんだもん。なら、それでいいじゃないか。


 天国から見守ってる。綺麗な花畑がある場所から蒼羽に『好き』を伝え続けるよ。蒼羽、私と出会ってくれてありがとう。


「蒼羽。愛してる……」


 目を閉じた私はそのあと目を開くことはなかった。これで全てが終わる。そう思っていた、のに……。

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