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第6話

◇ ◇ ◇


「ん……」


「よぉ、起きたか?」


「どこからか声がする……」


 翌日。私は意識を取り戻した。両親らしき人からは『奇跡が起きた』と喜ばれた。涙して私を抱きしめる家族? らしき人物に私は自分の身に何が起こったのか理解出来ていなかった。


「どうせオレ様のことが見えてないんだろ」


「オレ様? 貴方は誰なの?」 


「そのセリフ、懐かしいな。今ならオレ様がお前に告白すれば付き合ってくれるか? ……なんて冗談だよ」


「……」


 姿も見えない相手から話しかけられる。声は一度だって聞いたことがない。けれど相手は私のことをよく知ってるような口ぶりだ。過去の私は彼とどんな関係だったのだろう。


「お前は今日の朝に死ぬ予定だった。だが、オレ様が対価を貰ったことによりお前は今日から本来の寿命まで生きられる」


「宗教かなにかですか?」


「信じるのは難しいだろうな。なんせお前は昨日までの記憶が丸ごと抜けているんだから」


「え?」


 最初は耳を疑った。でも目の前にいるであろう彼は今の私の置かれている状況を事細かに話してくれた。


 彼は死神でアイルという名前らしい。そして私に告白? をするも過去の私はそれを冷たく断ったと。


 それに腹を立てたアイルが私の寿命を奪い、私は余命宣告を受けた。それからも生きることを諦めなかった私は最後まで頑張った、と。


「どうせその様子じゃアオバのことも覚えてないだろ」


「アオバ?」


「アイツも報われねぇなぁ。アイツが対価を払ったお陰でお前の寿命が戻ったってのに。昨日の急用はそれだ。わざわざお前が死ぬことをアオバに話してやったんだぞ? 感謝しろ。っていっても当の本人はそのことすら覚えていないか」


「アオ、バ……蒼羽……」


 何度もその名前を繰り返し呼び続ける。


「私、そのアオバって人に会いたい。会わなきゃダメなの。家まで案内して!」


「会ってどうする? お前は何も覚えてないんだぞ」


「それは会ってから考える。いいから私を助けて……お願いよ、アイル」


「っ……! オレ様の姿が見えないなら、このぬいぐるみを頼りにオレ様についてこい」


「わかった。ありがとうアイル」


 アオバという人に今すぐ会いたい。私の本能がそう叫んでる。アイルは死神って言っていたけど本当かな? 私にこんなにも優しくしてくれるなんて、これだと死神っていうより天使みたい。


◇ ◇ ◇


 ピンポーン。インターホンを押した。


 初めて来た場所なのになんだか懐かしい、そんな感じ。アオバって人とはずっと昔から一緒だった? なんて、そんなことあるわけないのに。


「はーい。あら? 少し久しぶりね雨音ちゃん。元気だった?」


「え、えぇ。まぁ……」


 やっぱりこの人は私のことを知っている。なんだか申し訳ない気持ちになる。


「アオバくんは家にいますか」


「……えぇ、いるわ。雨音ちゃんに会えば蒼羽もきっと元気になるわ。このまま二階に上がって? 部屋はわかるわよね」


「はい……」


 ここで『わからない』と答えるのは変だから、ひとまず知ってるフリをする。


 アオバは元気じゃないのだろうか。私のために対価を払ったってアイルは話していた。だとしたら私と同じようにアオバも何かを失っているに違いない。アオバは優しいな。見ず知らずの私なんかのために。


 本当にそうだろうか。覚えていないはずなのに見ず知らずという言葉を使うだけで心が酷く傷んだ。


 二階へと一歩一歩上がっていく。初めて入るはずなのに何度も来たことがあるような気がして。二階に着くと部屋が三つあったが、私は迷わず一番奥へと足を進めた。


「あまね。なんでそこがアオバの部屋だってわかったんだ?」


「なんとなく、かな」


 どうやら本当に合っていたらしい。

 ガチャとドアを開けると、そこにいたのはアオバらしき人。彼がアオバなんだろう。今の私にはそれしかわからない。


「今のドアの開け方は母さんじゃないな。なら、誰だ?」


「お、お邪魔します」


「その声……まさか雨音か!?」


「そう、です」


 やっぱりアオバは私のことを知っている。下の名前で呼ばれているし、それなりに親しい仲なんだろう。けれど、声で私のことを判断したようにも聞こえたのは気のせい? 私はアオバの顔をジッと見つめた。


「っ……!」


 声にもならない声で驚いてしまった。あぁ、私のせいでこんな事になっているなんて。 


「記憶を失った雨音じゃ俺のこと思い出せないよな。昨晩、そこにいるアイルが俺の元に来たんだ。オレ様のせいで雨音が明日死ぬって。だから俺、雨音に死んでほしくなくて対価を払ったんだ。代償はランダムだからさ。まさか俺も朝起きたら驚いたよ。まさか視力を失うなんて」


 そこには包帯を巻いてる痛々しいアオバの姿があった。


「ごめんなさ……」


「雨音が謝る必要はない。俺が勝手にやったことだ」


「だって私なんかのために対価を払ったんでしょ? 私さえいなければアオバさんは両目を失わずに済んだのに!」


 名前しか知らないアオバという彼の言葉に涙が止まらなかった。どうして私なんかのために? アオバにとって私はそんなにも大切な人だったの?


「私なんかのためとか言うなよ」


「え?」


「俺にとって雨音は大事な幼なじみなんだからさ」


「幼な、じみ?」


「そうだ。俺とお前は小さい頃からの幼なじみ。なぁ雨音」


「なに?」


「こんな俺で良かったらさ。今日からも幼なじみでいてくれないか? っていっても視力を失ったんじゃ前みたいにプールに行ったり夜の学校で泳いだりも出来ないが」


「……が、になる」


「雨音、今なんて?」


 記憶の中のアオバは消えてしまったけど、心の奥底では覚えている。アオバは私にとっても大切な幼なじみだった。


「私が貴方の目になる。その代わり、アオバさんは私に昔の思い出話を聞かせて? 明日からも一緒に生きていこう」


「記憶を失っても雨音は雨音らしいな」


「私らしい? 昨日までのこと覚えてないからわからないや」


「なら、まずはさん付けをやめるとこからかな。ほら呼んでみ?」 


「蒼羽……」


「よくできたな。これからも思い出をたくさん作っていこうな」


「うんっ」


 お互いに笑い合った。昔もこんな感じで二人で笑っていたのだろうか。


 私たちが会話に夢中で気付かなかったが、私が蒼羽の家を出る時にはアイルは姿を消していた。いつからいなかったのか。そのうち再び声を聞かせてくれるだろうと思ったが、その日は来なかった。

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