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廃屋の聖女
廃屋の聖女
ゐゑ
異世界ファンタジー冒険・バトル
2025年08月12日
公開日
1.3万字
連載中
ヘレナは5歳の頃に辺境の村の農家夫婦に預けられた。捨てられたといっても差し支えない。当初は不安や寂寥感から泣きに泣いた。しかし、親がそばにいない生活があたりまえだったためか、幼さゆえに好奇心が勝《まさ》ったのか、ある日聴いた聖女の逸話に心を顫《ふる》わせ、しだいに打ち解けて、家族の一員となった。ヘレナの住む村は、王国の外れに在る貧しい地域であったが、金の鉱脈が発見されたことにより生活が一変する。それからすぐに、敵国だった帝国に村が併呑されてしまう。戦争があったわけではなく、詳しい理由は不明だ。そして領主だという貴族がやって来て、大人たちを鉱山の掘削に借り出し始めた。最初は不満があったものの、富を得る喜びに村人たちは慣れていってしまう。人の欲は留まるところを知らず、結果として病が流行し、死者の山が積み重なる。侵略されたわけではないし、迫害されたわけでも、苦痛を味わわされたわけでもない。だが、村は変貌し、ヘレナは、父、母、兄、姉を喪《うしな》った。聖女に憧れた少女の心は、いつしか絶望に染まってゆく。

1 鉱山の村 ①

 わたしはいいところの出のお嬢様だった。たぶん貴族。もしかしたら王族だったのかもしれない。

 わたしの大きな家にはキラキラした物があふれていたし、身のまわりは清潔で、夏の暑さや冬の寒さとは無縁の生活を送っていたと思う。

 それから、たくさんの人たちがせわしなく動きまわり、彼らはわたしを目にめるとお辞儀をしてくれた気がする。

 これらが推測の域を出ないのは、わたしが5歳にして家を追い出されてしまったからだ。もはや記憶の彼方の思い出である。


 理由は正直ハッキリしない。

 本当は生活が困窮していたとか、子どもに愛情がもてなかったとか、わたしがわがままを言い過ぎたからとか、実は私生児で存在を持てあましていただとか。

 想像でしかないがこんなところだろう。


 5歳で辺境の村の夫婦に預けられたときは、泣いて泣いたらしい。

 そんなわたしを2人はあたたかく迎え入れ、抱きしめて、なだめてくれた。この記憶はなんとなく残っている。


 この夫婦には、すでに息子と娘がいた。家族になったわたしの兄と姉である。


 当時、兄のほうは8歳で、姉のほうは6歳だった。

 兄はやんちゃで、初対面のわたしに「うるせー! 泣き虫は帰れ!」などとのたまわったヤツだ。


 姉は逆に優しかったのだが、当時の綺麗な格好のわたしに、興味をいだいたからだったらしい。

 ドレスこそ着ていなかったが、上質な生地で織られた衣服で、村人が子どもに与えるのは難しい代物である。水浴びのときに脱いで放置していたら、姉がこっそり着用して、くるっと楽しそうに回って、お姫様ごっこをしていたぐらいだ。

 あと、真珠のブレスレットを持っていたのだが、失くしてしまったと思ったら、いつの間にか姉の手頸てくびに巻いてあった。あのときは当然怒ったが、姉は拾ったなどとのたまわったのだ。結局、新しいお父さんに泣きついたら叱ってくれて、なんとか取り戻せた。けれど、その後もたびたび盗まれて、また取り返しての繰り返し。わたしはくたびれてしまって、最後にはあげてしまった。姉の根気の勝利である。

 このように、姉は貪欲なところがあるので、兄よりもけっこう厄介な存在かもしれない。


 新しいお父さんとお母さんは性格がひん曲がっているとか、わたしに意地悪するとか、そんなことはなく、実の子どものように可愛がってくれた。

 2人は農家をしていて、主にジャガイモやニンジンなどの野菜をつくっている。平民となったわたしも、毎日お手伝いに精を出す。

 また、農家ではあるが、お父さんはたまに山に狩猟に行く。狼や熊といった猛獣は出ないのか不安になるが、この辺りは比較的安全らしい。たしかに獲物は、兎などの小動物ばかりだ。


 この村では自給自足の家が多いので、農家だから、猟師だからと、職業にとらわれた生活はしていないらしい。


 お金といった物は持っていないので、もっぱら物々交換である。

 村長がいくばくかの貨幣をたくわえているそうだが、国への税も物納が基本だ。


 領主の目も届かないようなド田舎で、警備も暇な老人が杖を突いて見まわっている程度。


 本当に何もない村なので、子どもたちは木登りをしたり、小川で釣りをしたり、森や洞穴を探検したり、自然と戯れて過ごす。

 大人たちは畑仕事や家畜の世話、狩猟、鍛冶、い物など、ほぼ一日働いている。

 それでも共通する楽しみは、月に1度の行商人の運んで来る品々だ。領内の大きな街からやって来ているそうなので、村にはない物ばかりが並ぶ。

 ちょうど今日がその日である。


「お父さん! 早く行かないとなくなっちゃうよ!」

 当然タダではないので、何か交換する物を持って行かなければならない。

 兄は、自分で掘り当てたとかいうキラキラした物を手に先に行ってしまった。

 姉は、村の男の子におごってもらうらしい。将来は魔性の女だろう。

 わたしはまだ6歳で、何も持っていない。村へ来たときの衣服があるが、お父さんから、それは売ってはいけないよと言われてしまった。だから、代わりの物をお願いしたのだ。


「よっこらせ」

 お父さんがカゴいっぱいの野菜を担いで来た。


「すごいね!」


「今回はよく育ってくれたからな」


「これだけあれはいろんな物が買えそうだね!」


「そうだな、今夜はご馳走にしよう」

 お父さんは、わたしの頭をでてから手をつないでくれた。


「いってきまーす!」

 奥の台所で家事をしているだろうお母さんに告げる。


「あいよー」


 村は山に囲まれた土地で、開けた所に家々や畑、牧場がある。

 なので、玄関を開ければ村を見渡せるかたちだ。


「あそこかな?」

 人だかりのできている場所を指す。

 おそらく、あそこに行商人の馬車がまっているはずだ。


「早く! 早く!」

 重い荷物を担ぐお父さんの苦労を知らないわたしは、しきりに呼びかける。


「ヘレナは、早いなー」

 やや息を切らしながら速足で追いかけてくる。


「だって、品物が売り切れちゃうよー!」


「ごめん、ごめん」


 お父さんがなんとか追いついたのを見とどけて、わたしは人垣を縫うようにして、行商人のそばに寄った。

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