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6 鉱山の村 ⑥

「みんな、座ってくれ。母さんも」


 お父さんは「はあ……」とめ息をつく。


「心して聴いてほしい。実は広場にいた貴族と兵士は王国の者たちではない」


 ヘレナは、旅行にでも来たのかな?――と考えたがそのようなことはなく。


「どうやら帝国の者たちらしい……」


「それじゃあ、他国へ兵士をぞろぞろ連れて来たってのかい? にわかには信じがたいね」

 お母さんはあきれているが、子どもたちはよく理解していない。


「帝国の人は王国へ入って来ちゃいけないの?」


「基本はそうなんだ。ちゃんとした手続きを踏んだ人だけが入国できるんだよ」


 ことに、軍事演習でもないかぎり、貴族の私兵であっても国境線を超えることは許されない。


「それが……彼らを連れていた貴族が言うには、この村はそうだ」


「「「へ……?」」」


「まちな、さすがに話が突飛すぎだよ」

 お母さんがストップをかける。


「すまん……私も少々混乱していてね……」


「戦争でも起きたのなら解るが、昨日の今日で国が変わっちまったって言われてもねぇ」


 このときのわたしは知る由もなかった。帝国から戦争をちらつかせられた王国が、勝手に国土を割譲していたなんて。

 帝国は王国の10倍以上の国土と人口をもつ。戦争に突入すれば十中八九負けるので、辺鄙へんぴな村1つで解決するなら安いと考えたのかもしれない。為政者の判断としては悪手ではあるが。


 ここは辺境の村ゆえに、帝国に併呑へいどんされたからといって今までの日常が変わることはないだろう。


 ――と思っていたのだが、翌日、再び広場に召集しょうしゅうがかかった。

 兵士たちは、昨日は広場にテントを張って野営したらしい。


「よーし、ここは帝国領となった! つまり、おまえたちは帝国のために働く義務がある!」

 カイゼル髭の男が宣言した。


 ある程度は昨日説明を受けていたため、皆一様に顔が昏い。今日はほぼ全員が集まっているので、一応の念押しだろう。

 それもそのはずで、今までどおり野菜を育てたり、獲物を捕らえたりといった仕事で、税を納めるわけではないからだ。


「本日より! 手早く取り掛かれ!」

 この一声から始まった。


 王国は、金鉱脈については存在すら知らなかったのかもしれない。事前に判っていれば、それこそ戦争を選択していた可能性だってある。

 ではなぜ、他国であるはずの帝国が知っていたのか……推測だが、行商人が情報を売ったのかもしれない。一時期に大量の金塊を換金すれば目をつけられる。そうなるなら、いっそ貴族にでもバラしてしまえばいいと。


「スコップやツルハシのない者はここにある物を使うように! ただし、これは支給品ではない! おまえたちの半日分の働きと引き換えに貸与する!」


 え、それって……。


「あ、あの、それって買うことはできないんですか?」

 村人の一人が質問する。


「購入も可能だが、鉱山での30日分の働きに相当する」

 つまり、1か月の間は収入なしで暮らせと。


「そ、そんな……それでは飢えてしまいます!」


 あくまでも借用しろということなのか……?


「何もひとつきえろというわけではない。毎月1週間を無賃で働く、これを4か月繰り返してもかまわない。または、毎月1日を30か月でもいい。その点は自由に申し出てくれ」


 その言葉に安堵する村人たち。


「さあ、頑張ってくれ!」

 ぞろぞろと立ち上がる。


 鉱山の開拓は大人たちだけで、子どもは何もしなくていいらしい。

 けれど、大人たちは全員なのだ。お父さんもお母さんも。

 当然家の仕事を任される。主に畑や食事の用意など。狩猟は若干の危険もあって除外されたが。これらが事実上こどもの役目となって、もう好き勝手に遊べなくなった。


 それでも子どものいない大人もいるわけで。

 そういった人たちにはカイゼル髭が食糧を配ると言っていた。

 だがこれが、兵糧の類であったのだ。小麦を練って焼いた物で、辛いでも甘いでもなく、なんとも淡泊な味である。食べられなくはないが、さすがに毎日は飽きるという代物だ。

 それが一日2食。必然的に不満がつのる。


「朝から晩までキツい作業をやって、出てくる飯はこんなんだ!」

 村人の男が不平をらす。


「そうだ! そうだ! 子どものいる連中は良いよな! 家に帰りゃ、旨い飯にありつける!」

 別の村人が同調する。


 こうしてフラストレーションがまり、鉱山での仕事を放棄して、自分たちの畑に戻って行く者が徐々に増えた。


 すると、帝国は損をするわけで、こんな御触おふれが立った。


〈この村の15歳以上の者には鉱山での仕事を課す。月に2日以上休んだ者は、鞭打ち30回の刑に処す。――バーギル辺境伯領 領主 セザーリ・バーギル〉


 この日から兵士による出欠の確認が始まった。村の大人全員の載っている名簿に、毎日チェックが付けられる。


「ブザケンな!! 俺は断じて行かねーぞ!」

 こんなことをのたまわっていた男が、兵士に取り押さえられ、血がにじむぐらい鞭で打たれると、村人たちはあおざめた。

 そして次の日から休む者が激減したのである。


 ただ、暴力だけでは造反を招くおそれがあるので、こんな提案がなされた。

「ひと月の発掘量が多かった者には特別な報酬を与える!」


 これには村人たちは湧き立った。

 報酬というのは、お酒だったり、干し肉だったり、衣服だったり。スコップやツルハシを供与するなんていうものもあった。

 特に、掘っ立て小屋の兵舎にいる専属の料理人がつくってくれる、食事の報酬は人気だ。5日間に限定されているものの、兵糧を貪る独身連中にとっては楽しみで仕方ないんだとか。


 飴と鞭で人心を掌握するのがカイゼル髭――バーギル辺境伯のやり方らしい。

 それは実に巧妙で、村人たちは懐柔されていった。

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