「みんな、座ってくれ。母さんも」
お父さんは「はあ……」と
「心して聴いてほしい。実は広場にいた貴族と兵士は王国の者たちではない」
ヘレナは、旅行にでも来たのかな?――と考えたがそのようなことはなく。
「どうやら帝国の者たちらしい……」
「それじゃあ、他国へ兵士をぞろぞろ連れて来たってのかい? にわかには信じがたいね」
お母さんは
「帝国の人は王国へ入って来ちゃいけないの?」
「基本はそうなんだ。ちゃんとした手続きを踏んだ人だけが入国できるんだよ」
「それが……彼らを連れていた貴族が言うには、この村は
「「「へ……?」」」
「まちな、さすがに話が突飛すぎだよ」
お母さんがストップをかける。
「すまん……私も少々混乱していてね……」
「戦争でも起きたのなら解るが、昨日の今日で国が変わっちまったって言われてもねぇ」
このときのわたしは知る由もなかった。帝国から戦争をちらつかせられた王国が、勝手に国土を割譲していたなんて。
帝国は王国の10倍以上の国土と人口をもつ。戦争に突入すれば十中八九負けるので、
ここは辺境の村ゆえに、帝国に
――と思っていたのだが、翌日、再び広場に
兵士たちは、昨日は広場にテントを張って野営したらしい。
「よーし、ここは帝国領となった! つまり、おまえたちは帝国のために働く義務がある!」
カイゼル髭の男が宣言した。
ある程度は昨日説明を受けていたため、皆一様に顔が昏い。今日はほぼ全員が集まっているので、一応の念押しだろう。
それもそのはずで、今までどおり野菜を育てたり、獲物を捕らえたりといった仕事で、税を納めるわけではないからだ。
「本日より
この一声から始まった。
王国は、金鉱脈については存在すら知らなかったのかもしれない。事前に判っていれば、それこそ戦争を選択していた可能性だってある。
ではなぜ、他国であるはずの帝国が知っていたのか……推測だが、行商人が情報を売ったのかもしれない。一時期に大量の金塊を換金すれば目をつけられる。そうなるなら、いっそ貴族にでもバラしてしまえばいいと。
「スコップやツルハシのない者はここにある物を使うように! ただし、これは支給品ではない! おまえたちの半日分の働きと引き換えに貸与する!」
え、それって……。
「あ、あの、それって買うことはできないんですか?」
村人の一人が質問する。
「購入も可能だが、鉱山での30日分の働きに相当する」
つまり、1か月の間は収入なしで暮らせと。
「そ、そんな……それでは飢えてしまいます!」
あくまでも借用しろということなのか……?
「何もひとつき
その言葉に安堵する村人たち。
「さあ、頑張ってくれ!」
ぞろぞろと立ち上がる。
鉱山の開拓は大人たちだけで、子どもは何もしなくていいらしい。
けれど、大人たちは全員なのだ。お父さんもお母さんも。
当然家の仕事を任される。主に畑や食事の用意など。狩猟は若干の危険もあって除外されたが。これらが事実上こどもの役目となって、もう好き勝手に遊べなくなった。
それでも子どものいない大人もいるわけで。
そういった人たちにはカイゼル髭が食糧を配ると言っていた。
だがこれが、兵糧の類であったのだ。小麦を練って焼いた物で、辛いでも甘いでもなく、なんとも淡泊な味である。食べられなくはないが、さすがに毎日は飽きるという代物だ。
それが一日2食。必然的に不満がつのる。
「朝から晩までキツい作業をやって、出てくる飯はこんなんだ!」
村人の男が不平を
「そうだ! そうだ! 子どものいる連中は良いよな! 家に帰りゃ、旨い飯にありつける!」
別の村人が同調する。
こうしてフラストレーションが
すると、帝国は損をするわけで、こんな
〈この村の15歳以上の者には鉱山での仕事を課す。月に2日以上休んだ者は、鞭打ち30回の刑に処す。――バーギル辺境伯領 領主 セザーリ・バーギル〉
この日から兵士による出欠の確認が始まった。村の大人全員の載っている名簿に、毎日チェックが付けられる。
「ブザケンな!! 俺は断じて行かねーぞ!」
こんなことをのたまわっていた男が、兵士に取り押さえられ、血がにじむぐらい鞭で打たれると、村人たちは
そして次の日から休む者が激減したのである。
ただ、暴力だけでは造反を招く
「ひと月の発掘量が多かった者には特別な報酬を与える!」
これには村人たちは湧き立った。
報酬というのは、お酒だったり、干し肉だったり、衣服だったり。スコップやツルハシを供与するなんていうものもあった。
特に、掘っ立て小屋の兵舎にいる専属の料理人がつくってくれる、食事の報酬は人気だ。5日間に限定されているものの、兵糧を貪る独身連中にとっては楽しみで仕方ないんだとか。
飴と鞭で人心を掌握するのがカイゼル髭――バーギル辺境伯のやり方らしい。
それは実に巧妙で、村人たちは懐柔されていった。