夜の街は雨上がりで、石畳のように濡れたアスファルトが街灯を映していた。
私と茜は、路地裏の小さな中華居酒屋のドアを押し開ける。
「いらっしゃい、奥の席空いてるよ」
香ばしい餃子の匂いが鼻を打つ。紹興酒の瓶が並ぶ棚を横目に、私たちはいつもの席へ。
「さて——開会宣言するわ。第27回、有栖失恋会議」
「回数言うな。減らす努力はしてる」
「その割に、今回のは派手だったじゃない」
「結婚式前に浮気されるなんて、ドラマでもベタすぎて却下される展開よ」
ビールが運ばれてきた瞬間、茜が低く囁く。
「それで? 例の受付返却作戦はどうだった?」
「最高だったわ。あの場の沈黙、時価にしたら金塊レベル」
「やっぱり性格悪いわね」
「褒め言葉として受け取る」
熱々の餃子を頬張っていると、茜のスマホが震えた。
「……あら」
「何?」
「これ見なさいよ」
差し出された画面には、SNSのトレンド欄。「#某広告代理店の裏切り王子」
タップすると、悠真と例の女が腕を組んでホテルから出てくる写真が、ぼかしなしで拡散されていた。
「顔も会社もバレてるじゃない」
「世間の噂は早馬より速いって言うけど、本当ね」
私は笑いながらグラスを口に運んだ。
「私の手は汚れてない。これ、大事」
「で、この波にどう乗るつもり?」
「乗る? 違うわ、操縦するの」
茜は目を細める。
「次は何を仕掛けるの?」
「簡単よ。悠真の評判が下がるほど、私の仕事が光る舞台を作るだけ」
「やっぱり性格悪いわ」
「だから生き残るの」
会計を済ませ、外に出ると夜風が頬を撫でた。
茜が私の肩を軽く叩く。
「……でも、顔が明るくなったわよ」
「戦いの始まりはいつも楽しい」
私は遠くのビルの明かりを見上げた。そこには、数日後のプレゼン会場が輝いている。
——復讐と再生、その両方を握るのは、私だ。