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第6話 “私の価値”の見積書

午後3時、カフェの奥の窓際。

 私は陸から指定された場所に着くと、そこには先客がいた。

 艶やかな黒髪を肩で切り、深紅のワンピースを着こなす女——葉月。

 カメラの前に立てば、そのまま広告になる顔立ち。

「初めまして。有栖さんですね」

「そういうあなたは?」

「葉月。インフルエンサーやってます。フォロワーは38万」


 数字を自慢する女は珍しくない。だが、この女は言い方が違った。

「フォロワー数は通貨。あなたの時間も通貨」

「面白いわね。じゃあレートはどうやって決めるの?」

「自分で。市場任せにしないのが、私のやり方」


 コーヒーが運ばれ、湯気が立つ。

 葉月はタブレットを開き、一つの資料を差し出した。

「新商品のキャンペーン。私のプラットフォームで仕掛けたい。あなたのPR戦略と組み合わせれば、倍の効果になる」

「倍の効果が出れば、報酬は?」

「市場価格の三割増。あなたの価値は、それくらいある」


 私は資料をめくりながら、あるページで手を止めた。

 そこに載っていたのは——悠真の会社のロゴ。

「これは偶然?」

「偶然じゃない。あなたが彼と縁を切ったのは知ってる」

「なるほど、火薬庫に火をつけるつもりね」

「ええ。燃やすなら、派手に」


 窓の外では陽が傾き始めていた。

 私は資料を閉じ、視線を葉月に戻す。

「悪くない。だけど条件がある」

「聞きましょう」

「契約内容に“私の判断で方向転換可”を入れる。火の回り方は私が決める」

「いいわ。炎の使い方は専門家に任せる」


 握手を交わした瞬間、スマホが震えた。陸からのメッセージだ。


「例の件は今度話したい」


 葉月は私の表情を読み取ったように、にやりと笑う。

「その顔、戦場は一つじゃないみたいね」

「戦場はいくらでも持っていい。勝てばそれが領土になる」


 店を出ると、夜風が頬を撫でた。


(私の領土を増やせばいい)

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