午後3時、カフェの奥の窓際。
私は陸から指定された場所に着くと、そこには先客がいた。
艶やかな黒髪を肩で切り、深紅のワンピースを着こなす女——葉月。
カメラの前に立てば、そのまま広告になる顔立ち。
「初めまして。有栖さんですね」
「そういうあなたは?」
「葉月。インフルエンサーやってます。フォロワーは38万」
数字を自慢する女は珍しくない。だが、この女は言い方が違った。
「フォロワー数は通貨。あなたの時間も通貨」
「面白いわね。じゃあレートはどうやって決めるの?」
「自分で。市場任せにしないのが、私のやり方」
コーヒーが運ばれ、湯気が立つ。
葉月はタブレットを開き、一つの資料を差し出した。
「新商品のキャンペーン。私のプラットフォームで仕掛けたい。あなたのPR戦略と組み合わせれば、倍の効果になる」
「倍の効果が出れば、報酬は?」
「市場価格の三割増。あなたの価値は、それくらいある」
私は資料をめくりながら、あるページで手を止めた。
そこに載っていたのは——悠真の会社のロゴ。
「これは偶然?」
「偶然じゃない。あなたが彼と縁を切ったのは知ってる」
「なるほど、火薬庫に火をつけるつもりね」
「ええ。燃やすなら、派手に」
窓の外では陽が傾き始めていた。
私は資料を閉じ、視線を葉月に戻す。
「悪くない。だけど条件がある」
「聞きましょう」
「契約内容に“私の判断で方向転換可”を入れる。火の回り方は私が決める」
「いいわ。炎の使い方は専門家に任せる」
握手を交わした瞬間、スマホが震えた。陸からのメッセージだ。
「例の件は今度話したい」
葉月は私の表情を読み取ったように、にやりと笑う。
「その顔、戦場は一つじゃないみたいね」
「戦場はいくらでも持っていい。勝てばそれが領土になる」
店を出ると、夜風が頬を撫でた。
(私の領土を増やせばいい)