昼下がり、デスクの上でスマホが震えた。
画面に浮かぶ名前を見て、軽蔑の笑いが口から漏れそうになった。
——悠真。
指先ひとつで開くと、そこには長文のメッセージが並んでいた。
「この前のことは誤解だ。本当にお前が大事なんだ。もう一度話したい」
「あの日の夜は——」
読むだけで無駄。
「誤解」という言葉で片づけられるほど、私の記憶は安くない。
私は無言で画面を閉じ、既読マークだけを残した。
——沈黙は刃だ。刃は研がれてこそ威力を増す。
数分後、再びメッセージが来る。
「返事くれないの?」
私はスマホを裏返し、机に置いた。
返信する義務はない。沈黙は、時に千の言葉より相手を抉る。
そのとき、社内チャットの通知音が鳴った。陸からだ。
「午後4時、会議室Cで。別の新規案件」
短く、無駄がない。彼らしい。
——が、もうひとつメッセージがすぐ続いた。
差出人は知らない名前の女性。
「はじめまして。少しお話ししたいことがあります」
不思議に思いながらも、軽くその名前を検索をかける。
出てきたのは、陸と並んで写る数年前の記事。女性は彼の隣で笑っていた。
記事のキャプションには「陸CEOと共同創業者・玲花」の文字。
なるほど。これが、昨日彼の電話に表示された名前か。
私の中でパズルのピースがはまる音がした。
——元婚約者からの未練と、陸の過去を知る女からの接触。
同じ日に二つの戦場が開くとは、面白い偶然だ。
午後3時55分、会議室C。
陸は既に資料を広げて待っていた。
「来たか。じゃあ始めよう」
「ええ。ただ、その前に一つ質問」
「何だ」
「玲花さんって、あなたにとって何?」
他の社員が来る前にどうしても聞いておきたかった。
一瞬、陸のペンが止まった。
「……昔の話だ」
「昔話が、今も生きているように見えるのは気のせい?」
「気のせいだ」
「なら、そういうことにしておくわ」
私は資料を開き、わざと何事もなかったように声のトーンを整えた。
「新案件の予算配分、ここを倍に。市場を切り崩すには最初の刃が必要」
陸は黙って頷き、赤ペンで修正を入れる。
その横顔を見ながら、私は確信した。
——この契約は、仕事と恋と復讐、全部を巻き込む。
そして私は、どの戦場でも負けるつもりはない。