翌朝、社内ですれ違った陸はいつも通りの無表情だった。
深夜の会議室で玲花と二人きりになったことを、私がどう受け止めているか——それを探るような目ではなかった。
むしろ、何事もなかったかのように言った。
「今夜、空けられるか」
「予定次第」
「予定は俺が作る」
「命令口調は契約外よ」
「じゃあ、お願いだ。飯に行こう」
夜7時、指定されたのはホテル最上階の中華レストラン。
予約された個室には、夜景と、丸テーブルいっぱいの料理が並んでいた。
「豪勢ね」
「明日は展示会だ。景気づけだ」
「……社交辞令として受け取っておくわ」
料理が次々と運ばれ、蒸気と香辛料の香りが漂う。
「仕事の話からする?」
「いいや。今日は仕事の話をしない」
「じゃあ何を?」
「君のことを聞く」
「情報収集? それとも個人的な興味?」
「両方だ」
箸を置いた陸の視線は、まるで数字では測れないものを計算しているようだった。
「俺は数字と人を同じ天秤にかける。どちらが重いかは、時と相手次第だ」
「その天秤、今はどっちが重いの?」
「……今は人だ」
返す言葉を探していたその時、スマホが震えた。
画面に表示されたのは
——玲花。
「出なくていいの?」
「後でいい」
沈黙の中で、遠くの夜景が揺れた。
私はわざと笑みを作る。
「……ま、社外秘ってことにしておいてあげる」
「助かる」
「でも覚えておいて。秘密は保持するほど価値が上がるけど、暴かれた瞬間に武器になる」
食事が終わる頃、玲花から新たなメッセージが届いていた。
「有栖さん。あなたとは、直接話す必要があると思います」
私は画面を閉じ、陸の視線を真正面から受け止めた。
——友達以上、社外秘未満。この線を、どちらが先に越えるか。