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第9話 友達以上、社外秘未満

翌朝、社内ですれ違った陸はいつも通りの無表情だった。

 深夜の会議室で玲花と二人きりになったことを、私がどう受け止めているか——それを探るような目ではなかった。

 むしろ、何事もなかったかのように言った。

「今夜、空けられるか」

「予定次第」

「予定は俺が作る」

「命令口調は契約外よ」

「じゃあ、お願いだ。飯に行こう」


 夜7時、指定されたのはホテル最上階の中華レストラン。

 予約された個室には、夜景と、丸テーブルいっぱいの料理が並んでいた。

「豪勢ね」

「明日は展示会だ。景気づけだ」

「……社交辞令として受け取っておくわ」


 料理が次々と運ばれ、蒸気と香辛料の香りが漂う。

「仕事の話からする?」

「いいや。今日は仕事の話をしない」

「じゃあ何を?」

「君のことを聞く」

「情報収集? それとも個人的な興味?」

「両方だ」


 箸を置いた陸の視線は、まるで数字では測れないものを計算しているようだった。

「俺は数字と人を同じ天秤にかける。どちらが重いかは、時と相手次第だ」

「その天秤、今はどっちが重いの?」

「……今は人だ」


 返す言葉を探していたその時、スマホが震えた。

 画面に表示されたのは


——玲花。


「出なくていいの?」

「後でいい」


 沈黙の中で、遠くの夜景が揺れた。

 私はわざと笑みを作る。

「……ま、社外秘ってことにしておいてあげる」

「助かる」

「でも覚えておいて。秘密は保持するほど価値が上がるけど、暴かれた瞬間に武器になる」


 食事が終わる頃、玲花から新たなメッセージが届いていた。


「有栖さん。あなたとは、直接話す必要があると思います」


 私は画面を閉じ、陸の視線を真正面から受け止めた。

 ——友達以上、社外秘未満。この線を、どちらが先に越えるか。

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