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第10話 もう二度と“許すため”に笑わない

展示会の会場は、人と光と音で飽和していた。

 私は来場者の視線とカメラのフラッシュを横目に、陸のブースの隣を歩く。

 新製品のモニターが眩しく光り、スタッフが笑顔で資料を配っている。


 ——その視線の先に、悠真がいた。


 彼はスーツ姿で、昔と同じように柔らかい笑顔を浮かべて近づいてくる。

「有栖……話せるか?」

「展示会で立ち話? 商談なら時間を買ってね」

「違う。あの日のこと、ずっと謝りたくて——」

「謝罪は領収書に印鑑押せるの?」


 彼の笑みが引きつる。

「本当にお前が大事だったんだ。あれは一時の——」

「一時で壊れるなら、最初から大事じゃない」

「……許してくれないのか」

「許しは贈り物よ。自己満足のために渡すつもりはない」


 そのとき、背後から声がした。

「ここで何を?」

 振り返ると、陸と——玲花が並んで立っていた。

 玲花の視線は私ではなく悠真に向けられていたが、その眼差しには別の温度があった。


「ちょうど昔話をしていただけよ」

 私がそう言うと、陸は一歩前に出た。

「ここは仕事の場だ。私情は外でやってくれ」

 悠真は私を一瞥し、何か言いかけてから黙って去った。


 玲花が私の横に並び、低い声で囁く。

「あなた、彼を切るのが上手いわね」

「切る価値がない相手は、刃を鈍らせるだけよ」

「……覚えておく」


 陸が間に入り、展示会の次のプレゼンへと私を促した。

 ステージに上がる直前、私は深く息を吸い込む。

 ——もう二度と、“許すため”に笑うことはしない。

 今日の笑顔は、勝者としての笑顔だけ。

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