金曜の夜、街は浮かれた声で溢れていた。
私は茜と葉月、二人の“戦友”と共に、駅近くのビストロへ。
赤ワインと餃子という異色の組み合わせのテーブルに、戦略と笑い声が並ぶ。
「で、有栖」
茜がグラスを傾けながら言う。
「陸に名前で呼ばれたって?」
「……たった一度よ」
「それが重要なの。距離感は呼び方で決まる」
葉月も口を挟む。
「男ってね、名前を呼ぶ時は無意識に線を越えてるのよ」
「越えた線は、私が引き直せばいい」
「ふーん、その余裕がいつまで続くかしら」
ワインが二本目に突入する頃、話題は仕事と復讐に移る。
「悠真の会社、展示会の後に株価が下がってたわ」
「偶然じゃないでしょ?」
「偶然は作るものよ」
ふと、私はスマホを取り出し、未送信フォルダを開いた。
そこには、陸への送信をためらったメッセージがいくつも並んでいる。
——『名前で呼んだ理由は?』
——『明日の会議、楽しみにしてる』
——『今夜、眠れそうにない』
「それ、送らないの?」と茜。
「送らない。未送信は、心のリハーサル」
「でもリハーサルばかりじゃ本番は来ないわよ」
葉月が笑いながら餃子をつまむ。
「本番、来させればいいだけ」
その時だった。
指が滑り、画面の送信ボタンが青く光った。
……やってしまった。
送信先:陸
本文:『名前で呼んだ理由は?』
一瞬で酔いが醒める。
「……送った?」
「……送った」
二人の目が同時に輝く。
「返事、絶対くるわね」
「そしてそれが、次の一手になる」
ワインの残りを一気に飲み干す。
——戦場はテーブルの上だけじゃない。今夜、別の戦場が動き出す。