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第12話 女子会と未送信フォルダ

金曜の夜、街は浮かれた声で溢れていた。

 私は茜と葉月、二人の“戦友”と共に、駅近くのビストロへ。

 赤ワインと餃子という異色の組み合わせのテーブルに、戦略と笑い声が並ぶ。


「で、有栖」

 茜がグラスを傾けながら言う。

「陸に名前で呼ばれたって?」

「……たった一度よ」

「それが重要なの。距離感は呼び方で決まる」

 葉月も口を挟む。

「男ってね、名前を呼ぶ時は無意識に線を越えてるのよ」

「越えた線は、私が引き直せばいい」

「ふーん、その余裕がいつまで続くかしら」


 ワインが二本目に突入する頃、話題は仕事と復讐に移る。

「悠真の会社、展示会の後に株価が下がってたわ」

「偶然じゃないでしょ?」

「偶然は作るものよ」


 ふと、私はスマホを取り出し、未送信フォルダを開いた。

 そこには、陸への送信をためらったメッセージがいくつも並んでいる。

 ——『名前で呼んだ理由は?』

 ——『明日の会議、楽しみにしてる』

 ——『今夜、眠れそうにない』


「それ、送らないの?」と茜。

「送らない。未送信は、心のリハーサル」

「でもリハーサルばかりじゃ本番は来ないわよ」


 葉月が笑いながら餃子をつまむ。

「本番、来させればいいだけ」


 その時だった。

 指が滑り、画面の送信ボタンが青く光った。

 ……やってしまった。


 送信先:陸

 本文:『名前で呼んだ理由は?』


 一瞬で酔いが醒める。

「……送った?」

「……送った」

 二人の目が同時に輝く。

「返事、絶対くるわね」

「そしてそれが、次の一手になる」


 ワインの残りを一気に飲み干す。

 ——戦場はテーブルの上だけじゃない。今夜、別の戦場が動き出す。

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