陸からの返信は、予想よりも早かった。
「理由は、君が有栖だから」
短く、それでいて温度を帯びた文。
胸の奥で何かが微かに熱を持つ。——その熱を、誰かが見ていた。
翌日、昼休み。
葉月との打ち合わせを終え、ビルのロビーを抜けようとしたとき、声がした。
「偶然ね。有栖さん」
振り向けば、玲花が立っていた。
落ち着いた笑みの奥に、冷たい光が宿っている。
「よかったら、一緒にランチでも」
誘いというより、半ば命令の響き。
断る理由はない——むしろ、こういう場は嫌いじゃない。
「ええ、いいわ」
向かったのは、ホテルのラウンジ。
柔らかな照明と静かな音楽。だが、テーブルの上の空気は静かではなかった。
前菜が運ばれてすぐ、玲花が切り込む。
「陸と、どういう関係なの?」
「仕事のパートナーよ。それ以上でも、それ以下でもない」
「……そう」
グラスを傾ける手が止まり、視線が私を貫く。
「でも、名前で呼ばれていたわね」
「そうだったかしら」
「名前で呼ぶのは、特別な証よ」
私は笑みを浮かべ、フォークを置く。
「証かどうかは、持ち主が決めるものよ。他人の承認は要らない」
「誇りを捨ててまで欲しい恋は、いらない。あなたもそう思う?」
「もちろん。ただ、誇りを武器にして奪う恋は、時に面白い」
一瞬、テーブルの上の空気が硬くなる。
玲花の瞳の青さが増し、そこに嫉妬の温度が宿った。
対して、私の胸の奥では赤い熱が静かに広がる。
メインディッシュが届く頃には、二人の会話は表面的なものに変わっていた。
だが、互いの視線は一度も揺らがなかった。
店を出るとき、玲花が低く言った。
「また会いましょう。有栖さん」
「ええ。次は、どちらが招くかしらね」
——嫉妬は青く、誇りは赤い。
その二色が交わるとき、炎はより高く燃える。