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第14話 キスは短く、約束は長く

展示会の余韻がまだ社内に残る夜、陸と私は同じ方向へ帰路を歩いていた。

 人通りは少なく、街灯がアスファルトの上に長い影を落としている。

「成果報告をするつもりだったけど」

「けど?」

「君と歩いていたら、それが口実に思えてきた」


 足が自然と止まる。

 近くのカフェから漂う甘い香りが、冷えた夜気に混ざった。

「口実でもいいわ。目的は?」

「確認」

「何を?」

「君が、まだ俺の隣に立つ気があるかどうか」


 その問いに、答えを出す前に笑ってしまった。

「契約の確認は書面でやるものよ」

「恋は書面じゃ守れない」


 互いに数歩近づく。

 陸の視線は真っ直ぐで、逃げ道を塞ぐようだった。

「約束は長く、キスは短く」

「理由は?」

「長い約束は信頼を育てる。短いキスは、また欲しくさせる」


 言葉の直後、陸が私の顎を軽く持ち上げた。

 短く——本当に短く唇が触れる。

 けれど、その熱は夜風より強く、鼓動の速さを隠せなかった。


 離れた瞬間、私は視線を逸らさず言った。

「……短すぎる」

「だから、また欲しくなる」


 その時、背後から微かな音がした。

 ——シャッター音。

 振り返ると、暗がりに人影が動き、すぐに消えた。


「今の……」

「気づいた」陸の声が低くなる。

「証拠が残れば、それはただの記録じゃ済まない」

「じゃあ、どうする?」

「利用する」


 私は笑った。

 ——恋も契約も、証拠を握る方が勝つ。

 今夜のこれは、きっと次の戦場の火種になる。

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