展示会の余韻がまだ社内に残る夜、陸と私は同じ方向へ帰路を歩いていた。
人通りは少なく、街灯がアスファルトの上に長い影を落としている。
「成果報告をするつもりだったけど」
「けど?」
「君と歩いていたら、それが口実に思えてきた」
足が自然と止まる。
近くのカフェから漂う甘い香りが、冷えた夜気に混ざった。
「口実でもいいわ。目的は?」
「確認」
「何を?」
「君が、まだ俺の隣に立つ気があるかどうか」
その問いに、答えを出す前に笑ってしまった。
「契約の確認は書面でやるものよ」
「恋は書面じゃ守れない」
互いに数歩近づく。
陸の視線は真っ直ぐで、逃げ道を塞ぐようだった。
「約束は長く、キスは短く」
「理由は?」
「長い約束は信頼を育てる。短いキスは、また欲しくさせる」
言葉の直後、陸が私の顎を軽く持ち上げた。
短く——本当に短く唇が触れる。
けれど、その熱は夜風より強く、鼓動の速さを隠せなかった。
離れた瞬間、私は視線を逸らさず言った。
「……短すぎる」
「だから、また欲しくなる」
その時、背後から微かな音がした。
——シャッター音。
振り返ると、暗がりに人影が動き、すぐに消えた。
「今の……」
「気づいた」陸の声が低くなる。
「証拠が残れば、それはただの記録じゃ済まない」
「じゃあ、どうする?」
「利用する」
私は笑った。
——恋も契約も、証拠を握る方が勝つ。
今夜のこれは、きっと次の戦場の火種になる。