土曜の午後。
街は春の陽気で浮かれているのに、私の目の前は冷たい影で満ちていた。
「久しぶりだな、有栖」
悠真。かつて婚約者と呼ばれた男が、立っていた。
手には、A4封筒。嫌な予感しかしない。
「これを見ろ」
差し出された中身には——夜道で陸とキスをしている私の写真。
「どうやって……」
「どうでもいいだろう。問題は、これが陸にとって致命傷になるってことだ」
その口調は、正義を装っていた。だが、耳慣れたその声の底には、あの頃と変わらぬ支配欲が潜んでいる。
「君を守るためだ。有栖、あいつから離れろ」
「守る?」
思わず笑ってしまった。
「あなたの“守る”は、私を檻に入れること。違う?」
悠真の眉が動く。
「俺は有栖のためを——」
「嘘よ」
言葉を遮る。
「あなたは、自分のプライドのために私を選び、そして手放した。今さら、私の幸せを測る権利なんてない」
封筒を彼の胸に押し返す。
「それは私の過去じゃなく、私の今よ。どう利用されようと、私が選んだ相手との時間だから」
悠真はしばし沈黙し、やがて低く呟いた。
「……変わったな」
「ええ。浮気された女は、泣くだけじゃ終わらない」
背を向けて歩き出す。
背後で、悠真の呼吸が荒くなるのを感じた。
——もう、二度と振り返らない。