目次
ブックマーク
応援する
8
コメント
シェア
通報

第15話 元婚約者の正義、私の幸せ

土曜の午後。

 街は春の陽気で浮かれているのに、私の目の前は冷たい影で満ちていた。

「久しぶりだな、有栖」

 悠真。かつて婚約者と呼ばれた男が、立っていた。

 手には、A4封筒。嫌な予感しかしない。


「これを見ろ」

 差し出された中身には——夜道で陸とキスをしている私の写真。

「どうやって……」

「どうでもいいだろう。問題は、これが陸にとって致命傷になるってことだ」


 その口調は、正義を装っていた。だが、耳慣れたその声の底には、あの頃と変わらぬ支配欲が潜んでいる。

「君を守るためだ。有栖、あいつから離れろ」

「守る?」

 思わず笑ってしまった。

「あなたの“守る”は、私を檻に入れること。違う?」


 悠真の眉が動く。

「俺は有栖のためを——」

「嘘よ」

 言葉を遮る。

「あなたは、自分のプライドのために私を選び、そして手放した。今さら、私の幸せを測る権利なんてない」


 封筒を彼の胸に押し返す。

「それは私の過去じゃなく、私の今よ。どう利用されようと、私が選んだ相手との時間だから」


 悠真はしばし沈黙し、やがて低く呟いた。

「……変わったな」

「ええ。浮気された女は、泣くだけじゃ終わらない」


 背を向けて歩き出す。

 背後で、悠真の呼吸が荒くなるのを感じた。

——もう、二度と振り返らない。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?