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第17話 交渉と誘惑の駆け引き

高級ホテルのラウンジ。

 艶やかなランプの灯りが、ワイングラスの縁を柔らかく照らしていた。

 テーブルを挟み、向かい合う四つの瞳——互いに笑みを浮かべながらも、視線の奥は一歩も退かない。


「写真……面白いものを送ってくれたわね」

 私の声は、あえて軽く。

 けれど相手の男は、口元だけを吊り上げたまま、視線を逸らさない。

「交渉材料は早い者勝ちですから」


 そのとき、隣の陸がワイングラスを軽く揺らし、氷の音を鳴らした。

「材料か……安売りして後悔しないなら、勝手にすればいい」

 低い声。その一言に、空気がぴしりと張り詰める。


 男はわずかに笑みを深め、視線を私に移した。

「有栖さん、あなたが決めていいんですよ。俺と組むか、そこの彼と沈むか」

「——選択肢が少ないわね」

 私は笑った。

 指先でワイングラスを回しながら、あえて視線を逸らし、彼の反応を待つ。


 陸の手が、テーブルの下で私の手をそっと握った。

 その温もりが、背筋に力をくれる。

「有栖、遊びはここまでだ」

「遊びじゃないわ。これは……駆け引き」


 視線が交錯する。

 陸は無言で私を見つめ、目の奥に静かな炎を宿していた。

 それが、私にとって最大の味方であり、同時に最大の誘惑。


「条件を出して」

 私がそう告げると、男は眉を上げた。

「強気だな」

「弱い女は、もう卒業したの」


 陸がグラスを置き、前のめりになる。

「条件は一つ。——有栖には触れるな」

 その声の低さと鋭さに、男の笑みがわずかに揺らいだ。


「それじゃ、俺のメリットがない」

「メリット? お前の首がまだ繋がっていることだ」

 陸の言葉は淡々としているのに、背筋を冷たくさせる力がある。


 沈黙が数秒。

 男はやがて、軽く肩をすくめた。

「……いいでしょう。ただし、写真は俺が持っておく」

「持っていろ」陸は即答した。「ただし、それを出すタイミングは——俺が決める」


 交渉は一旦、成立した。

 だが、これは終わりじゃない。

 むしろ、次のゲームの合図に過ぎなかった。


 ラウンジを出ると、夜の空気が頬を撫でた。

 陸は歩きながら、私の手を握ったまま離さない。

「……お前、今の笑い方は反則だ」

「何が?」

「交渉中にあんな目をするな。欲しくなる」


 立ち止まった瞬間、背中が壁に押し付けられる。

 夜の街灯が陸の横顔を照らし、影が私の唇を覆った。

 そのキスは、交渉よりも危険で甘い——。

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