高級ホテルのラウンジ。
艶やかなランプの灯りが、ワイングラスの縁を柔らかく照らしていた。
テーブルを挟み、向かい合う四つの瞳——互いに笑みを浮かべながらも、視線の奥は一歩も退かない。
「写真……面白いものを送ってくれたわね」
私の声は、あえて軽く。
けれど相手の男は、口元だけを吊り上げたまま、視線を逸らさない。
「交渉材料は早い者勝ちですから」
そのとき、隣の陸がワイングラスを軽く揺らし、氷の音を鳴らした。
「材料か……安売りして後悔しないなら、勝手にすればいい」
低い声。その一言に、空気がぴしりと張り詰める。
男はわずかに笑みを深め、視線を私に移した。
「有栖さん、あなたが決めていいんですよ。俺と組むか、そこの彼と沈むか」
「——選択肢が少ないわね」
私は笑った。
指先でワイングラスを回しながら、あえて視線を逸らし、彼の反応を待つ。
陸の手が、テーブルの下で私の手をそっと握った。
その温もりが、背筋に力をくれる。
「有栖、遊びはここまでだ」
「遊びじゃないわ。これは……駆け引き」
視線が交錯する。
陸は無言で私を見つめ、目の奥に静かな炎を宿していた。
それが、私にとって最大の味方であり、同時に最大の誘惑。
「条件を出して」
私がそう告げると、男は眉を上げた。
「強気だな」
「弱い女は、もう卒業したの」
陸がグラスを置き、前のめりになる。
「条件は一つ。——有栖には触れるな」
その声の低さと鋭さに、男の笑みがわずかに揺らいだ。
「それじゃ、俺のメリットがない」
「メリット? お前の首がまだ繋がっていることだ」
陸の言葉は淡々としているのに、背筋を冷たくさせる力がある。
沈黙が数秒。
男はやがて、軽く肩をすくめた。
「……いいでしょう。ただし、写真は俺が持っておく」
「持っていろ」陸は即答した。「ただし、それを出すタイミングは——俺が決める」
交渉は一旦、成立した。
だが、これは終わりじゃない。
むしろ、次のゲームの合図に過ぎなかった。
ラウンジを出ると、夜の空気が頬を撫でた。
陸は歩きながら、私の手を握ったまま離さない。
「……お前、今の笑い方は反則だ」
「何が?」
「交渉中にあんな目をするな。欲しくなる」
立ち止まった瞬間、背中が壁に押し付けられる。
夜の街灯が陸の横顔を照らし、影が私の唇を覆った。
そのキスは、交渉よりも危険で甘い——。