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第18話 夜明け前の密約

交渉を終え、ホテルを出た。

 ビルの谷間を吹き抜ける夜風は冷たく、頬を撫でるたびに、さっきまでの緊張がほんの少し溶けていく。

 でも、陸の手の温もりが、逃げ場のない現実を思い出させた。


「……あの男、本気で私たちを試してたわ」

 有栖が口を開くと、陸は横目だけを向けた。

「試していたんじゃない。踏みにじろうとしたんだ」

 その低い声に、足が一瞬止まる。


「踏みにじられるの、慣れてるつもりだったけど」

 笑おうとしたけれど、喉が詰まった。

 陸が立ち止まり、私を正面から見下ろす。

「——俺は慣れてない」


 静かな街灯の下、陸の指が私の頬に触れる。

 その仕草は優しいのに、目の奥は鋭い。

「有栖。お前の欲しい未来を、俺に委ねろ」

 命令のようで、誓いのようでもある言葉。

 心臓が、不規則に打ち始めた。


「委ねたら……何をされるの?」

「全部」

 短く、即答。

 ぞくりと背筋を走る感覚に、足元がぐらつく。


 通り過ぎるタクシーのヘッドライトが、陸の横顔を一瞬だけ照らす。

 その光の中で、彼の唇がわずかに動く。

「俺は奪うのが得意だ。けど、お前には——与えたい」


 夜の街角、私の背中は壁に押し付けられる。

 吐息が触れ合う距離で、陸の手が私の腰を引き寄せた。

「……他の誰にも触れさせない」

 唇が重なる寸前、遠くでカメラのシャッター音が微かに響いた。


 瞬間、陸の腕の力が強まる。

 視線だけで周囲を探るその仕草に、私は息を呑む。

「……誰か、見てる」

「分かってる」

 低く、落ち着いた声。

 だがその声には、獲物を逃がさない獣の気配が混ざっていた。


「夜明けまで時間はある。——密約を交わすのに十分だ」

 陸の指が私の唇を軽くなぞる。

「有栖、覚えておけ。俺たちの誓いは、誰にも壊せない」


 その言葉に、私の中の不安と高揚が、危ういほど混ざり合っていく——。

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