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第19話 影の正体

シャッター音が響いた直後の静寂。

 ビル風が細い路地を抜け、有栖の髪を揺らす。

 その様子を、百メートル離れた屋上から双眼鏡越しに見下ろす人物がいた。


「やっと……動いたな」

 低く呟く声は、夜の闇に溶ける。

 指先で弄ぶのは、撮ったばかりの写真データが収まったメモリーカード。

 送信ボタンを押す前に、スマホ画面を指で滑らせる。そこに映る名前は——“依頼者”。


 ***


「……何者?」

 有栖が立ち止まる。

 陸は彼女の肩を軽く押して、人気のない裏道から表通りへと誘導した。

「今は聞くな。目を合わせて歩け」

 有栖は頷きながらも、背筋を走る悪寒を振り払えない。


「ねえ、さっき——」

「分かってる。カメラだ」

 陸は短く答え、タクシーを止めるでもなく、そのまま歩き続けた。

 その横顔は冷たい石のようで、怒りの温度を奥に隠している。


「……私、狙われてるの?」

「狙われてるのは俺だ。だが、お前は巻き込まれてる」

 淡々とした口調が逆に怖い。

 それでも、有栖の胸は恐怖と同じくらいの速さで高鳴っていた。

 陸の歩幅に合わせながら、彼の横顔を盗み見る。


「だったら……私、どうすればいいの?」

 陸は一瞬だけ足を止め、有栖の手首を掴んだ。

「——離れるか、もっと近くに来るか。選べ」


 息が詰まる。

 夜明け前の街は静かで、二人の呼吸だけが聞こえる。

「近くに行ったら?」

「守る。だが、俺のやり方で」

 その目の奥に、甘い約束と危険な光が混ざっていた。


「……離れる気なんて、ない」

 有栖の返事に、陸は薄く笑った。

「なら、今夜からお前は俺の中にいる」


 ***


 その会話を、暗闇の中で聞いていた耳があった。

 監視者は小さく笑い、スマホの送信ボタンを押す。

 新しい局面の始まりを告げる通知音が、静かな夜に響いた——。

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