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第20話 指輪の行方

夜が白みはじめた。

 港の海面は淡いオレンジに染まり、波のさざめきが新しい朝を告げていた。潮風が頬を撫で、冷たさの奥に春の匂いを含んでいる。


 陸と並んで立つと、胸の奥のざわめきが静まっていく。昨日まで、怖さと不安で押し潰されそうだったのに。今はただ、この瞬間を焼きつけたいと思った。


「有栖」

 陸の声が、朝日の中で一層低く響いた。

 振り向くと、彼の掌に小さなケースがあった。開けられた瞬間、朝日に照らされた指輪がきらりと光った。


「これは返すな」

 短い言葉。でもその中に、彼の全部が詰まっている気がした。

 昨日までの指輪は過去の終止符。だけど今差し出されたものは、未来の始まり。


 胸の奥から熱が込み上げ、頬を伝う涙を止められなかった。

「……はい」

 震える声で、けれど迷いなく答えた。

 私は初めて、自分の意思で彼の手を取った。


 指輪が薬指に収まった瞬間、心臓の鼓動と重なり、世界が鮮やかに色づいた気がした。

 陸が小さく息をつき、唇の端をわずかに上げる。

「これからは、俺と一緒に」

「はい……ずっと」


 朝日が二人を包み込む。港に伸びる影はゆっくりと重なり合い、やがて光の中に溶けていった。


 ——終わりではなく、始まりの合図。

 私たちの物語は、ここから続いていく。

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