夜が白みはじめた。
港の海面は淡いオレンジに染まり、波のさざめきが新しい朝を告げていた。潮風が頬を撫で、冷たさの奥に春の匂いを含んでいる。
陸と並んで立つと、胸の奥のざわめきが静まっていく。昨日まで、怖さと不安で押し潰されそうだったのに。今はただ、この瞬間を焼きつけたいと思った。
「有栖」
陸の声が、朝日の中で一層低く響いた。
振り向くと、彼の掌に小さなケースがあった。開けられた瞬間、朝日に照らされた指輪がきらりと光った。
「これは返すな」
短い言葉。でもその中に、彼の全部が詰まっている気がした。
昨日までの指輪は過去の終止符。だけど今差し出されたものは、未来の始まり。
胸の奥から熱が込み上げ、頬を伝う涙を止められなかった。
「……はい」
震える声で、けれど迷いなく答えた。
私は初めて、自分の意思で彼の手を取った。
指輪が薬指に収まった瞬間、心臓の鼓動と重なり、世界が鮮やかに色づいた気がした。
陸が小さく息をつき、唇の端をわずかに上げる。
「これからは、俺と一緒に」
「はい……ずっと」
朝日が二人を包み込む。港に伸びる影はゆっくりと重なり合い、やがて光の中に溶けていった。
——終わりではなく、始まりの合図。
私たちの物語は、ここから続いていく。