「わたくしが抗議いたします。他に論拠が?」
言葉が略されている。
続ければ、こうなるだろう、――――。
――他に論拠が必要ですか?
と。つまりは、わたくしが抗議するのに、それに関して論拠が――抗議する、という以外の補強する内容や証拠、あるいは積み重ねた手続き上の諸々といった煩雑なものが必要であるのか、ということだ。
美しい毛並みに、美猫といっていいだろうその姿には抗えない威厳がある。
美しい三毛猫の女王。
堂々とした、女王に相応しい視線だ。
美しい三毛の毛並みに、緑の瞳。
見据える先に対して微塵も揺るがぬ姿勢が、優雅に座す姿が威厳をもってある。
対して。―――――
その抗議に、神様は困って見返していた。
神様達の会議で、それが決まったのはついでのようなものだった。
「異世界転移、――転生の次の枠が空いたと?」
神様が他の神――数柱の神がこの会議には参加していた――が示したスケジュール表を確認して首をかしげる。
「はて、――最近、妙に異世界転生が多いと思っておったのだが、――」
「異世界転移も多いですね、最近は」
「じゃろう、…――まあ、それはかまわんが、枠が空いたというのかね?」
「はい。空きが出たのですが、…。実は、これは最近の転生転移ブームとは異なり、埋めなくてはならない空きでございまして」
「ふむふむ、…。おお、これはまずいな」
神様――他の神達を管理する、というか纏めるような立場にある神様――は、他の神の一柱が示した多くの世界をふんわりと外からながめる雲の上から、その世界と空きを確認して顎に手をあてて考え込む。
「この空きはまずいのお、…」
「さようでございます。ほころびを人間の転生で埋めねばなりません」
「ふむ、…―――。」
しばし、その世界に視線を置き、神様が他の一柱の神にたずねる。
「どこかに、丁度良い運命を終える命は存在しておるかの?」
「おります。候補がこちらです」
「ほう、段取りがいいのう、…――大事なことじゃ。では、その命をその世界に転生させなさい」
「は、かしこまりました」
けして、他の神々は神様の部下というわけではない。ないが、立場上も、そして、神として存在を始めてからの永きながき刻が、神様をして他の神々に敬わせている。
かくして、特に問題もなく異世界転生枠空き問題に関しては、解決するかと思えたのだが。
かくして、冒頭に戻る。
三毛猫の女王――その抗議に、神様達は困惑していた。
何として、三毛猫の女王が抗議しているのは。
神様達が異世界転生枠空き問題を解決する為に、その運命が終わる魂をひとつ転生させると決定した会議の後。
さて、その魂を転生させる為に、事故に遭うその魂を見守っていたときだった。
「困ります」
三毛猫の女王からの抗議があがってきたのは。
「あれは、わたくしたちの下僕です。勝手に異世界などに転生させられては困ります」
「―――――?!」
突然、異世界転生の為に歪められた――というより、世界総ての時間軸は複数存在しかつ常に時間は一定方向に流れてはいない、のだが――ある意味、停止した世界で事故の後、魂をすくいあげて移そうとしていたときに。
美しい三毛猫の女王が現れて、抗議してきたのだから。
しかも、通常神様達しか現れることのできない異空間に。
普通は、無理だ。
だが、相手は三毛猫である。
猫の上に、三毛猫であるからして、―――。
「な、なんと?」
神様は三毛猫の女王が抗議するのに思わず髭をつかんで、手を止めてしまっていた。
かくして、つまりは神様達が異世界転生させようとしていた命が、三毛猫の女王によれば彼女達の下僕であるとわかったのだが。
「いや、だからといってのお、…。最早、この命は転生させる条件となっておるのじゃ。多くの世界の調律と調和を保つ為に、隙間を埋めて世界のバランスを保つ為には必要なことなのじゃよ。…のう、三毛猫の女王。いかにも、この度は辛抱していただいて、他の下僕を調達してもらうわけにはいかぬかのう?」
神様は下手に出ている。だって、相手は三毛猫なのだ。ねこ様である。
ねこ様には、神様であろうと勝てない。
だって、ねこ様だから。
「あれは、わたくしたちの下僕です」
「ふーむ、…困ったのう、…。三毛猫の女王の下僕であったとはのう、…」
「ですから、他を調達してくださいませ。あれには、わたくしたちの世話を任せております。おらなくなれば、困ります」
「――――他に丁度いい魂はあるかね?同じように運命を終える処の、――」
神様が困りながら、他の神々に訊ねる。ねこ様のいうことであれば是非もない。次善の策を考えなくてはならないだろうと、頭を捻る。
その間、ニンゲンのいる空間では、時間が停止したような状態となっている。これも、正確にいえば時間は一定方向に流れているわけではないので、その空間をつまんで動かないようにしている、といった感じなのだが。
その空間上で ニンゲンは横断歩道を青信号で渡ろうとしている。
そこへ「白い車」に轢かれるのが、本来の道筋だった。
運命が失敗しないように、白い車に二度も遭遇して轢かれかけている。
「白い車」にひかれて人生を終える。
それが、本来のニンゲンが辿るはずの運命だった。
そうして、命を終えることが決まっている魂だったからこそ、神様達は異世界転生に使おうとしたのだから。
「他の世界の魂で、同じ条件、―――」
「そうじゃ、おるかの?」
神様以外の神々が、つりあう条件の魂を探す。
先の会議で決定していた為、改めて精査して条件をもとめなおす。
「ありました!これなら、―――どうでしょう?」
「うむ?」
神様達の一柱が示したのは、別の世界に生きる魂。
オレンジ色の、巨大な――ニンゲンの住む世界では、ゾウという生命体に似ていただろう。
巨大なオレンジ色のゾウに似た生命体を観察しながら、神様がいう。
「釣り合いはとれそうじゃの?」
「はい、――――異世界転生で同じ重さの魂を空き枠にあてなくては、世界のバランスが崩れますからね。――本当は、こちらのニンゲンの方が適しているのですが、…」
ちら、とその神が三毛猫の女王をみるが、たじろぎもせず澄ました顔で端然と座したままだ。
その泰然としたさまにあきらめて視線を逸らすと、他の神々の一柱が肩を落とす。
それに、神様がなぐさめる。
「仕方あるまいよ。三毛猫の女王がいわれることじゃ。神といえど、ねこ様にはあらがえん。このニンゲンが下僕であったことを調査しきれておらなんだ我らの手落ちじゃ。なんとも、下僕であったとはのう、…」
「さようでございますな、…」
神様の言に、しみじみとオレンジ色のゾウを紹介した神がうなずく。
そう、仕方ないのだ。
だって、ねこ様だから。
そして、――運命はかわることとなる。
ニンゲンが車と接触した際、真っ白になったが。
その瞬間を利用して、本来ならば車がそのまま止まらず、命を落としていたはずの運命が変更される。軽い接触に変更され――尤も、その歪みは多少なりともニンゲンの身体に影響を及ぼすのだが――本来ならそのまま轢かれていたはずのニンゲンは、歩道へと戻る。
その後のことには、神様達は干渉しない。
つまり、――――。
その後、ニンゲンは運命の道筋を失ったまま、生きていくこととなったのである。
一体、これからどうなるのか。
もっとも、変更されたとはいえ、ニンゲン一人の生命が世界に残ろうと残るまいと、それほど大きな影響はない。
かくして。
異世界転生するはずだったニンゲンは、現世に取り残されてしまった。
ねこ様の下僕として、これからどうやって生きていくのか。
これは、ねこ様に異世界転生をキャンセルされてしまった。
そんなニンゲンの物語である。―――――