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6 神様の困惑とねこ様会議



 神様は困惑していた。

「…困ったものじゃのう…」

 異世界転生をキャンセルすることにしたニンゲンなのだが。

 ニンゲンが一人運命の通り死ななくても、世界には大した影響はない。

 ないはず、ではあるのだが。…

 ヤギのような白い髭に手を当てて悩む。

 悩むというか。

 異世界転生で魂を移動する必要があったのは、多くの世界のバランスを取る為であり、そのバランスはすでにオレンジ色のゾウの魂を移動させたことで保たれた。

 全体のバランスが取れた以上、個々の世界内で人間の魂などが一つくらい運命と異なる軌道を描くとしても大した変動とはならないのだ。

 それは、もとより多世界が多重存在として多くは重なりあいながら存在し互いに影響し合いながら流動し続けている世界の有様からすれば、単なる必然でもある。

 簡単にいうなら、天秤の上に乗った二つの世界同士で、同じ重さのものを抜き取り交換した。その後、どちらの世界にも、重さという点では変わりがなく世界の天秤に動きはない。影響はないのだ。

 重さ、という一点においては。

 実際には二世界間の交換ではないし、さらにいうなら複雑な多世界のバランスを取りながら行う繊細な行為でもあるのだが。

 実際には重さという単純なものではなく、複合的な要素による交換となるのだが。

 それは単に世界を構成する要素であり、全体としての世界が保たれることが目的の均衡でしかないのだ。

 それはつまり、―――。

 運命が変わったことにより、連鎖的に世界の中で生きるものの運命が変わっても、世界自体の存続の運命には全く影響しないということでもある。

 世界の中で生きる小さきもの達の運命がどのように変わろうとも、世界自体の滅びにも変性の運命にも、全く関わるものではないのだ。

 そう、小さきもの達の運命がどのようになろうとも。

 世界を保つことが、その役割の一つである神様達にとり、些細に過ぎる問題でしかない。いや、問題とも認識されることはほとんどありはしないが。

 神様は、困惑していた。

 小さきもの達の中でも、特に小さき人間の運命。

 それがどう変化した処で神様達の干渉する処ではないのだが。


 唯、神様は困惑していた。





 ねこ様達は会議をしていた。


 会議に参加しているのは、

 異世界転生をキャンセルされたニンゲンを下僕とする三名。


 三毛猫の女王。

 王子のしま。

 新入りねこのふく姫。


 ニンゲンの異世界転生をキャンセルさせたときの会議から、しばらく。

 そのときは珍しく満場一致で会議はニンゲン転生阻止で一致したが、そんなことはまれである。そもそもねこ様達なのだから、一致団結する方が珍しい。

 ニンゲン転生阻止――つまり、下僕転生阻止に関しては、珍しい意見の一致であったのだ。

 そして、現在。

 そもそも三毛猫の女王ミケ様と、同じく三毛猫であるふく姫とは、不倶戴天の仇敵である。

 ニンゲンがある日、ぼろぼろの毛皮となって助けを求めていたふく姫を助けたのはいいが、家に入れてしまい。その日から、女王ミケ様と新入りふく姫の終わりなき戦いは幕を開けたのだ。いや、戦いの前哨戦は、ニンゲンがふく姫を中に入れる前から行われていたともいえるが。


「とにかくさ、ニンゲンはもどってきたんだから、いいんじゃない?」

 明るく能天気な発言はしま王子である。

 それに、ふく姫がにらむ。ふく姫は、外の世界を生き抜いてきただけある、鋭い視線と不屈の精神を持つ戦士である。

 同じくニンゲンの家でニンゲンに下僕として世話をさせるまで外の世界にいたはずのしま王子だが、生来の能天気さと明るさからか、のんびりとした性格で戦いを挑んだりはしない。それぞれ、同じねこ属ではあっても性格は全然違うのだ。

 さらに、女王であるミケ様はというと。

 ミケ様の性格は、苛烈である。

 ニンゲンを下僕と認め世話をこの家でさせることを許可してからは、ニンゲンが外出を許可しない為、この辺りの支配をいま直接はしていないが。

 以前は、この近所のねこ達はすべてミケ女王の配下として厳しい統制のもとにおかれていたのだ。

 この近所はミケ様の女王国であり、この辺りのねこ達はほとんどが直接間接的にミケ様の配下として命令を受け統制されていたのだ。

 ふく姫は、ミケ女王の支配を直接は知らない世代となる。

 ニンゲンの家にミケ女王が居を定めることにしてから、流れついてきた為に、ミケ女王の直接支配していたときを知らないのだ。

 いかにミケ女王が苛烈であり、配下のもの達を慈しみ、こねこ達が生きられるように世話をして、オスねこ達には親としての自覚を持たせて、こねこ達の安全を護らせて、しつけの仕方を監督するなど。

 さらに一族で若いもの達に四方を警戒させた中でこねこ達を遊ばせるなど。

 一族の命を護る為に命じ、ときには烏やイヌ達、流れもののオスねこ達が悪さをしようとするのと戦い。

 苛烈に一族を護り続けてきたのがミケ様であった。

 流れものであったふく姫とは、故に仲は悪い。

 それはともかくとして。

 ミケ女王が発言する。

「それだけでは済みません」

「何がすまないの?」

しま王子が瞬いて不思議そうに訊ねる。

「ニンゲンはケガをしています」

「なめたら治る?」

僕がニンゲンなめよーか?というしま王子は、この発言をニンゲンがきいてねこ語の意味がわかれば、感激して感動して大変なことになるだろう。

 幸か不幸か、ニンゲンは会議に出ていない。さらにいうなら、ねこ語も理解できない為、発言内容を理解することはないのだが。

 ねこ語も理解できないニンゲンを下僕として仕えさせている辺りは、ミケ女王の寛大な一面であるといえるだろう。

 そして、ミケ女王がしま王子に。

 いや、この言葉は、ふく姫にもきかせる為のものだろう。

「―――ニンゲンはこのままでは、救われないでしょう」

 威厳を持ち、厳しい視線でいうミケ女王に。

 しま王子は瞬き。

 ふく姫は不機嫌そうにミケ女王を睨み返した。

「なめてもだめなの?」

「それ、どんな意味?」

不思議そうにきくしま王子と、不機嫌そうにきくふく姫に。

それぞれに等分に視線をあたえながら、ミケ女王はしま王子達に告げていた。

 その言葉が。

しま王子の瞳を見開かせ、同じくふく姫の瞳孔を丸くさせた。


 神様は困惑していた。

 それは、ミケ女王の発言した内容とも関連していた。

 同じことに気づいた為の困惑と。

 会議でミケ女王が告げたのは。

 それは、―――。



















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