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Act13 赤毛の大型猫と世界の秘密 1


「おまえ、おれがしゃべってるのを不思議とは思っていないだろう?」

 赤毛の大型猫兼名参謀ロクフォールの質問を、ロクフォール邸でかれは戸惑いながらきいていたのだ。

 ロクフォール邸で、深夜。

 そして、かれは答えていた。

「いや、別に、…めずらしくはないだろう?普通に喋らないねこもいるが、…。たまに喋る賢いねこがいるのは珍しくないじゃないか?」

 戸惑いながらいうかれに、名参謀ロクフォールがにっ、と笑む。

「やはり、おまえもそうだな?うん」

に、と何かを実証できたように笑む赤毛猫の姿が。

「…一体、なにを?」

その姿の何かが嫌な予感を刺激して、かれは眉根を寄せていた。

「ロクフォール?…ミル、だったか?あんたはなにを、…」

問いかけようとしたかれに、名参謀ロクフォールが不敵な笑みを返していた。

「これから述べることは機密情報だ。それを心して聞いてくれ」

「おい!いきなりそんなものを聞かせるな、…それは?リチャード?」

振り向くと、手にグラスを持ってシガールームに戻ってきたリチャード・ロクフォールがかれの肩に手を置いていた。

「…リチャード?」

座らされていた天鵞絨も高そうで落ち着かない椅子から腰を浮かしてかれがいうのに。晩餐後、話があるといって反論する余地もなく連れてこられたこのシガールーム。高級将校とかが使っているのを遠目でみたことはあるが、実際にこんな立派な部屋に待機させられるのは神経に悪いと思っていたかれに対して。

「…すまないな、グレッグ。きみを巻き込んで」

「――――一体それは?いまからでも退出していいですか?そのですね?」

沈鬱な顔で真剣に謝っているとわかるリチャード・ロクフォールに悪い予感を憶えて立ち上がろうとするが。

「…リチャード、手をどけてください」

「いや、そうするときみが立ち上がるだろう?」

「ですから、立たせてもらえませんか?撤退しますから」

「その撤退をしてもらうと困るのでね?」

元大佐が軽くみえるしぐさでかれの肩に手を置いているが、それだけのことが席を立ちこの場を去ることを不可能にしている。

「大佐、手をどかしてください」

「どかしたら、此処から撤収するんだろう?」

「勿論です、どいてください」

元大佐でありながら、いまもどうやらまったく身体的には現役時とかわらないリチャード・ロクフォールと、かれが目に見えない興亡を繰り広げていると。

「あ、おまたせ!話はもう進んだ?」

エドアルド・ロクフォールが能天気に何か飲み物を手に持ちながら入ってくる。

「…―――シガールームが似合いませんね、…リチャード、これ、…あなたのこの弟さんは、成人前ですか?後ですか?」

そういえば本人に確認がとれていなかった、と思い出してきくかれに。

長兄であるリチャード・ロクフォールが首を傾げて見返す。

「ああ、エディのことかい?大丈夫だよ、これでも一応成人はしている。そうだね?エディ?」

「はい?ああ、…そうですけど?グレッグもどうしてかぼくが成人しているか疑ってるんだよね、なんで?」

「その態度がすべてです」

長兄の問いにエドアルドが応え、疑問を返すのにかれが一刀両断する。

「どうみても成人してるとはおもえない態度でしょうが、あんたは?」

「ええと、…一応、ちゃんと成人しています、だから、夜にシガールームにいても追い出されないけど?」

「…―――」

額を抑え、なんだか疲れにあきらめて椅子に座り直すかれをみて、リチャード・ロクフォールも手を離して椅子に座る。

「さて、では秘密の話をしようか?ミル、始めてくれ」

「…―――まってください、おれは外に」

席を立とうとするかれの肩に、隣に座ってグラスを片手に持ちながらリチャード・ロクフォールがもう片方の手を軽くおく。

「…あんた、どんだけばか力なんですか?」

「取り柄でね?」

にこやかにいうロクフォール長兄の微笑みに頭痛を憶えて額に手をおいて眸を閉じる。

「ロクフォールっていうのは、…」

こんなのしかいないんですか、とつぶやくかれに赤毛の大型猫が応えた。

「中では、おれはましな方だな?」

「…――否定しづらいのが困る、」

俯いて金褐色の眸を伏せていうかれに、隣からグラスが差し出された。

「大丈夫、きみなら飲んでいても飲まれずに記憶を失わずに最後まで聞けるからね?」

穏やかなリチャード・ロクフォールの声が嫌だ。

 あくまで穏やかに金の瞳はかれをみている。

「…大佐、それで何を話すっていうんです?」

すでに深夜に近い。晩餐の際、給仕していた数名も既におらず、執事もまた就寝の挨拶をして別棟へと下がっていった。

 要は、完全なる人払いをした状況だ。

 そこまでして。

 給仕さえ下がらせた為に、態々グラスを当主であるリチャード・ロクフォールが運んできたのだ。

 赤毛の大型猫は棚から酒を選んでいるらしい。

「せめて、良い酒でも吞んでいくんだな?」

いいながら、リチャードに投げた酒をみてかれが目を見張る。

「それは、…―――」

「ああ、蒸留酒最高峰といわれる幻の酒、25年物の千年王国産のドラゴン酒か」

「25年物ですか?本気で幻じゃないですか」

いうかれに、にっこりとリチャード・ロクフォールが微笑む。

「うん、実に良い酒だからね?一緒にあけよう」

さりげなく続けた言葉に悪寒を憶える。

「…リチャード?」

「僕達家族の秘密をきみに話すことがあるとは思っていなかったよ」

「…――いや、別に全然、聞かなくていいですから、…リチャード?」

長椅子の片方に座らされたのは、こうしてかれの肩に手を置いて逃げられなくするためだろうか?といまさら気づいてかれが元上官をにらむが。

 エドアルドがそっとリチャードから幻の酒をとって、赤毛の大型猫に渡している。

「無駄な抵抗はやめて、一緒に呑もう。滅多にない良い酒だからね?」

「ですから、それはいいと、――」

「千年王国のドラゴン酒は、幻といわれる神話に出てくるドラゴンが好んで飲むほど美味い酒という意味で名付けられているそうだよ?一緒に今夜飲むには相応しい酒だろう?」

「…いや、別に、だから」

抵抗するかれの耳に、その声が届いていた。

「まあ、ドラゴンは幻じゃないけどな?」

「…―――は?」

思わず視線を向けてみてしまったのは、既に青く輝く美しい液体をショットグラスに入れて、うまそうに吞んでいる赤毛の大型猫、名参謀ロクフォールの姿だった。

 さらり、と爆弾発言をして。

「だから、ドラゴンは実際にいるといっているんだ。――おれが、ねこが喋ることを不思議と思わないようにな?」

「それは一体、…―――」

「ありがとう、エディ」

不思議な光沢をもつ蒼い液体をグラスに受けて、リチャード・ロクフォールが礼をいう。それに、のほほんとした笑顔で末弟が応えて。

「うん、今夜はぼくも飲んでいいんだよね?」

「少しだぞ?」

「うん!やったね!ドラゴン酒だ!」

よろこんで蒼い酒をグラスに少しだけ入れて飲むエドアルド・ロクフォールを眉を寄せてかれが見る。

 既に、吞んでいないのはかれ一人。

「…――ください」

「うん?」

聞き返す隣の元上官をにらむ。

「リチャード!」

睨むかれに金の瞳が笑んで。

「はいはい、…ほら、うまいよ?これは」

「…―――呑みます、呑んで忘れます」

「無理だと思うけどね」

きみはざるでしょ?という隣の元上官を無視して。

「それで、ドラゴンが実際にいるとかいいたいんですか?なんでそんなばかなことを」

やけになって赤毛の大型猫をにらむかれに、赤毛猫が実にさまになる笑みを漂わせていう。猫だというのに、実にハンサムだ。

「無論、根拠はあるさ。それが、まず先からいっているこのことだ。―――…この世界に住む人々は、猫が喋ることを疑わない。科学が発展しはじめ、戦争があり、銃が戦場で主力となっているこの世の中にもかかわらずだ」

「…なにを、それは当たり前だと」

「ねこが喋るのがか?」

「そうですよ。実際、いまあんたは話してるだろ?」

猫が話すことくらいでいちいちなにをいってるんですか、というかれに。



「本来なら、科学技術というものがある程度発展した世界では、ねこが喋ると驚かれるものなんだよ」

「…――それは、何処の世界の話です?」

眉を寄せて問うかれに、赤毛の大型猫が笑む。

「そう、まさにどこの世界の話なのか?本来、この世界では、猫は話さないはずだったのさ」

意味がわからずに見返すかれを、うまそうに蒼い液体をくちに含んで、赤毛の大型猫――名参謀ロクフォールは笑みを返した。





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