ニンゲンは、今日も今日とてねこ様達のお世話をしていた。
暑い日が続く為、何より大事なのは水分補給である。
「ええと、お水は変えたし、と…よし、次はおやつの時間にしないとね。…――おやつ食べる?」
ふく姫がちら、とニンゲンの動きに気付いてかおを起こし。
しま王子はぴょん、と起き上がって、もうテーブルの上にスタンバイしている。
「…わかった、しまの好きなおやつだよね?はいはい」
パウチ三つ入りの袋をあけて、銀色の長方形をしたおやつが入ったパウチを手にすると、もう大騒ぎだ。
「…――――!」
しま王子が、つんつん、とニンゲンをはなでおしてくる。銀のパウチに入った柔らかおやつがほしいのだ。しまの一番大好きなおやつである。
まちきれずにはなで押してくるのに背を向けてハサミを取り出す。
「ちょっとまって、…と」
小皿を三つ取り出して、パウチをあけて。
それから、おはしをいれて、少しずつ三匹にそれぞれ柔らかおやつを小皿に出していく。おやつの正体は、開けるとニンゲンにもいい匂いがするおさかなを柔らかく加工したもの。とてもいい匂いがするから、もしかして人にも食べられるんじゃ、とは常々ニンゲンがおもっていることだ。
「はい、これはしまの分」
しま王子に先に小皿におやつを出すと、もう待ちきれずにすぐに食べ始める。
その間に、他の二皿に入れたおやつを、それぞれどこかにいるふく姫とミケさまを探してもっていく。
「ふく姫、おやつだよー」
ニンゲンが小皿をもっていくと、ふく姫が棚から降りてくる。
おやつ!おやつ!
と、いってるようにみえる目の輝きだ。それに思わず微笑んで、ニンゲンが小皿をふく姫の前に置こうとするが。
「えっと、ここじゃだめ?」
ふく姫にはおやつを食べる場所のこだわりがあるらしい。決まった場所ではないので、都度、ふく姫が落ち着く場所までまっておやつ皿をおくニンゲンである。
「うん、ちゃんと食べてるね、よかった」
夏は暑い。柔らかおやつの役割は、単においしいおやつではなくて水分補給を兼ねている。水を割と飲んでくれるねこ様達だけれど、時間を見計らって水分のとれるおやつをあげるのはニンゲンの役割だ。
「ミケさまー、ミケさま、どこ?」
探すのは、ミケさま。
そう!ついに先日ミケさまがお戻りになられたのである!
詳細は次号――というのはおいて。
「あ、いた。ミケさま?」
驚いてみるのは、とんでもなく器用な隙間に寝ておられるミケさまだ。
顔を向けるので、起きてはいるらしい。
とりあえず、その前に小皿をおいて。
「好きなときに食べてね?」
ミケさまは基本、ニンゲンがその場にいると食べるときと食べないときがある。大体はミケさまから催促にこられたとき以外は、一人にして自由に食べさせて、という主義のようだとニンゲンはおもっている。
なので、もし食べていなかったら後で回収しよう、とおもいながらお皿をおいてようすをみることにしているニンゲンだ。
大体、柔らおやつがなくならないことはないのだけれど。
夏は食べ物は痛みやすいので、時間をみて回収にいくことにしている。
そう、そして。
ミケさまが戻られたしあわせをかみしめながら、ついでにトイレのチェックをして、とねこ様達のお世話をしているニンゲンである。
そんなニンゲンが、暑苦しい中でもなんとか夜ねむりについて。
ゆめを、みていた。
「ええと、…?」
夢の中で、夢だとわかる夢、のような気がするとおもいながら白い雲みたいな処であたりをみまわす。
「はじめましてじゃな、ニンゲンどの」
「…―――はい、…はじめまして?」
白い髭が長くて、いかにも神様ですといった雰囲気のおじいさんがいてニンゲンがおもわずあいさつを返す。
「うむ、あいさつは大事じゃの。ところでニンゲンどの、実はわしからの頼みがあるのじゃ」
「…頼み、ですか?」
神様みたいな偉そうな人が何の頼みだろう、とぼーっとみていると。
白い髭に手でさわりながら、神様はニンゲンにいってきたのだ。
「物語を、書いてはくれんかの?」
「…ものがたり、ですか?」
おどろいて、というか。なんだか不思議な夢だな、と想いながらきいているニンゲンに神様がうなずく。
「そうじゃ、…ある世界の物語を書いてほしくての?」
「はい、…あるせかい、ですか?それはどういう、…」
うむ、とうなずくと神様が糸綴りの平たい紙の束を差し出した。
「設定資料集じゃ。―――みてみるがよい」
「ええと?はい?…」
手渡された資料集をみていくと、ニンゲンの眉が寄った。
「なんで?銃があって、――第一次世界大戦くらいの、いや、もう少し前かな、…でも、そんな世界感なのに、なんで、竜?ドラゴンが出てくるんだろ?世界設定ミス、…?」
疑問をくちに出してしまっているニンゲンに、穏やかに神様がうなずく。
「そうじゃ。実はの、設定ミスがあったというかのう。…当初からの設定ミスではないのじゃが、――おぬしにこの世界の物語を書いて、修正してほしいのじゃよ。別の世界と混線が起きてしまっておるのじゃ。このままでは、どちらの世界も滅んでしまっての?」
神様の言葉をききながら、設定資料集をみていたニンゲンが難しい顔になる。
「つまり、…本来一緒になるはずのない世界同士が接触して、二つが同時に存在してるっていうか、…―――ああ、それで混線が起きてるって、…。だから、ここでドラゴンとか、世界感にあわないものが出て来てしまってるのか―――。うーん、これは」
「難しいかの?」
神様がうかがうようにきくのに、ニンゲンが気付かず設定資料集をじっとみている。
「ええと、…修正は可能かとはおもいますが、どういう方向性でなおしていきたいんでしょう?物語としては、主人公がいて世界が滅ぶのを防ぐとか、そういう方向性で…?」
いいながら、銃か、―――軍があって、でも相手がファンタジーな敵?軍といっても、銃とかはまだ…マスケット銃クラスなのかな、とか。
うんうん考え込んでいるニンゲンを微笑ましいように神様がみて、うなずく。
「おぬしのおもう方向性でやればよい。二つの世界を共に救ってくれれば、わしには充分じゃ」
「…―――はい、でしたら、…ええと、この設定資料集だと、帝国側の人――あ、人とは限らないのか、…が、全然出て来ませんけど、この設定資料はあるんでしょうか?」
ほとんど職人な感じでニンゲンが問うのに、神様が答える。
「そこは自由にしてくれてよい」
「ええ?でも、そうなんですか?…それは難しいな、…うーん、わかりました。何とかしてみます」
「うむ、無茶振りであるが、よろしく頼むぞ」
「はい、神様」
って、神様ですよね、…?と訊こうとして顔をあげたつもりで。
「あれ?…―――ゆめ?」
ぼーっとニンゲンが起き上がり、瞬いて。
それに、ニンゲンが起きたらごはん!としま王子がふに、と肉球でニンゲンを押してくる。
「あれ、…?いつのまに、寝てたんだろ?…ええと、ごはん?―――朝何時?いま?」
時計をみると朝の四時半。
「…―――いいか、ねれたし、…。いまごはんにするね?」
ええと、水をかえて、と。
ぼんやりしながら動き出したニンゲンを。
心配そうに上の方からみている神様達がいた。
若い神と、嵐神。
それに、神様である。
「大丈夫かのう、…わすれぬといいのじゃが」
「起きるなりメモを取るとか、…していませんものね?」
白い髭を触りながら落ち着かな気に神様がいい、若い神も首を傾げる。
「まあ、ねこ様達のお世話が先になるのは仕方がないですからね。様子をみましょう」
嵐神が落ち着いていう。それに、神様が。
「落ち着いておるのう、嵐神よ」
「はい、異世界転生界隈ではよくあることですので、慣れております」
答える嵐神に、神様が深くうなずく。
「そうじゃったの、…わしは随分と久し振りでのう、…夢うけいでこうして夢に呼び話をするのさえ、久方振りじゃ。たまには、やらんと忘れてしまうのう、…」
うむ、と目を閉じて反省している神様に、嵐神が苦笑する。
「いえ、…神様の御力であまり頻繁にされましても。今回もかなり調整をなさったでしょう?」
「うむ、それはな、…久し振りということもあって緊張したのじゃが。今回はいずれにしろ、やらねばならぬ急な状況ではあったが。いずれニンゲンには仕事を頼みたかったのじゃから、丁度良いことではあったのじゃが」
神様がうなずきながらいうのに、嵐神がニンゲンを観察しながらいう。
「そうですね。此方の異世界方面がご迷惑をお掛けしてすみません。…―――女神が暴走して、こんなことになるとは」
「忙しすぎたのですね、…女神様達も」
嵐神の言葉に、若い神が女神達に同情した口調でいう。
「その通りだな。本来、接触させてはいけない二つの世界を接触させてしまい、このままでは神の力ではもとに戻せないことがわかったからな、…――」
それが発覚したときの大騒ぎを思い出して嵐神がすこしばかり遠い目をしていう。
嵐神の視線は三千世界を見晴るかすことなどたやすいが。
だからといって、常に遠くを眺めていたいわけでもないのだ。
「今回の騒動は、かなり多くの方面に影響とご迷惑を掛けますからね、…。収拾が大変です」
「うむ、そこにニンゲンが丁度おったからのう、…あれなら、なんとかしてくれるじゃろうて」
嵐神の述懐に、神様がうなずいてニンゲンへの期待を話す。それに、若い神が少しばかり感心したようにして。
「はい、そんな風に役割をあたえられるとはおもってもいませんでした。わたしたちのような神が世界に触れれば壊してしまいますけれど、ニンゲンが物語として紡いでくれれば、世界の崩壊を救えるのですね」
そんな方法がありましたとは、と感心している若い神に、神様がうなずく。
白い髭をさわって、神様がうむうむと。
「そうなのじゃ。此度のニンゲンに付随しておる世界間消滅点とその解消されたエネルギー量の問題も同時に片がつくのじゃよ。ニンゲンに付いておる過大すぎるエネルギーを利用して、物語を紡がせればわれらが世界に触るより安全に、世界を引き離したり、あるいは安全に存続させる方策が立つのじゃよ」
「本当にありがたいですね。女神達が蒼くなっていましたから、…。世界を別けてもとに戻すには遅すぎて、しかし、手を入れて二つに戻そうにもそれでは消滅は免れず。―――二つの世界をミスで消す処だったのですからね。…」
「忙しすぎるのはいけませんね」
嵐神の言葉に反省しながら若い神がいう。
「その通りだ。女神達も悪気があったわけじゃないんだが。そんなことは世界の中で生きている命にとって、いいわけにもならないからな。…何とか、二つの世界を共にいかしてやりたいとおもっても、俺達では方策がなかった」
腕組みして状況を思い返す嵐神に、若い神がいう。
「そこへ、今回のニンゲンの異世界転生がキャンセルされてしまった関連で余剰が出てしまったエネルギーを利用して、ニンゲンの想像力を通して物語りを描いてもらって、それで二つの世界を救うのですね」
感心している若い神の前で、すこしばかり前のめりになって神様が下界をみている。
「…どうしました?」
「いやの、…心配になっての。…わすれてはおらんかの?」
ねこ様にごはんをあげはじめておるのじゃが、と。
心配そうに神様がいう。
夢のことなど何処へいったのか、ねこ様のごはんを用意して、次はトイレをきれいにして、と。
ニンゲンは夢で神様から依頼を受けたことなど忘れたように、ねこ様達のお世話に邁進している。
「うむ、…?」
一通りねこ様達のお世話をして、ようやくニンゲンのご飯を用意したかとおもえば。
「…ううむ、…三毛猫の女王殿か…」
神様がうなる。
神様達の気もしらずに、三毛猫の女王ミケさまが、なんとニンゲンの膝を所望して、つんつん、と前足で膝をつついているありさまである。
「…これは、…抵抗できませんね」
真剣に見つめて若い神がいい、嵐神も腕組みしたまま無言でうなずく。
ねこ様にはけして逆らえないのである。
神様達であろうと、ねこ様には逆らえない、これは真理であるのだから。
そして、とうとう、ニンゲンは食事もまだだというのに。
「毛づくろい、のかわりですか、…?」
「ブラシじゃな。三毛猫の女王の大好きなものじゃ」
「あ、気持ち良さそうですね、…あれ?女王様、舌がのぞいておられますよ?」
ぴんくの舌が気持ち良さそうにブラシをニンゲンにされている三毛猫の女王ミケさまからのぞいている。目を細めて、とても気持ちが良さそうである。
思わず、気持ちよさげな三毛猫の女王を見守ってしまう神様達。
ブラシが続く間は、ニンゲンが朝ごはんを食べられないのは当然として。
気持ちよさげにブラシを満喫すると、ミケさまがゆっくりと優雅に身を起こされて。
「…ひざから、おりるか?」
嵐神が真剣にみつめ。
「ニンゲンのひざからおりられるのでしょうか?」
若い神もまた見つめて。
「…うむ、女王よ、頼んだぞ、…」
神様もまた真剣に成り行きを見守る。
そして、ようやく。
優雅にひざを立たれたミケさまが、ゆっくりとお水をのむ為にニンゲンから離れられていく。
「よし、…このあとだな、問題は」
嵐神が何処か緊張を隠せないようにしていう。
「そうですね、…。ニンゲンさん、おぼえているでしょうか?」
神様達から人のような世界の中で生きている生命体に夢を通して伝言したりするのはよくあることだが。
問題は、ちいさきものたち――世界の中で生きる者達にとり、夢の世界は半分以上起きているときの意識には残らないものだということだ。
それでも、まれに適性のある者達がいて、それらが例えばこの世界で人のいう古代には祝として、あるいは神子として神の伝言を夢うけいにて受取り、伝えたりとしていた伝説になるのだろうが。
「ううむ」
神様も緊張してニンゲンを見守る。
そして、ようやく色々と片付けて、ニンゲンがパソコンの前に座った。
「うむ?」
期待できるか?と神様が白い髭にさわりながらニンゲンを見つめる。
パソコンをひらいて、しばしニンゲンがメールなどを整理してから。
「ええと、…?何か夢でみたような、…設定?使えるかな、…?」
首を傾げながらニンゲンがパソコンに向き合う。
そして、しばし。
「ええと、――タイトルは、…何だか、槍とか紋章とか、…大きな屋敷が印象深かった気がするよね、…」
夢だけど、といいながら。
ニンゲンがタイトルをパソコンに打ち込んだ。
「おお!」
「よし!いけるな」
「よかったですね、…」
神様がこぶしを握り、無言でうなずき。
嵐神が同じく拳を握って、よし!と力を入れる。
若い神がほっとしたように笑顔になって。
パソコンに入力されたタイトルを、神様達が確認する。
タイトルは、―――――。
「ええと、これでいいかな?」
ニンゲンが一度くちに出して読んでみて確認している。
タイトルは。
「槍と紋章――名参謀ロクフォール――うん、これでいこう」
そして、ニンゲンがタイピングを始める。
ブラインド・タッチで素早く入力されていく文字が綴る物語が、はじまる。
それが、この物語。
槍と紋章――名参謀ロクフォール―――
その物語が、始まるのである。