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王城の軍議室に、重苦しい空気が立ち込めていた。
東方のドゥームズガル帝国。その動きが、ここ数ヶ月で明らかに変わっていた。国境付近への兵力増強、食糧と武器の大量備蓄、そして何より不気味なのは、王国内部の情報を執拗に探る密偵の暗躍だった。
「報告によれば、帝国は既に十万の兵を動員可能な状態にあります」
若い情報官が、震える声で告げた。壁に掛けられた巨大な地図には、赤い印が国境線に沿って不気味に連なっている。まるで巨大な蛇が、獲物を飲み込む瞬間を待っているかのようだった。
円卓を囲む将軍たちの顔は、一様に険しい。彼らは皆、戦争の匂いを嗅ぎ取っていた。鉄と血と火薬の匂い。それは確実に、王国に向かって漂ってきている。
「帝国皇帝は野心家だ」別の将軍が唸った。「父親の代から、我が国の豊かな土地を狙っていた。そして今、彼らは好機を見出したのだろう」
好機。その言葉に、室内の空気がさらに重くなった。誰もが理解していた。王国内部の不和こそが、敵に付け入る隙を与えているということを。特に、あの制御不能な一家の存在が。
国王リチャードは、玉座に深く腰を沈めながら、報告に耳を傾けていた。彼の顔には、王としての威厳と、一人の人間としての疲労が、複雑に入り混じっている。
軍部の重鎮たちが次々と意見を述べる中、一人の老将が立ち上がった。
「陛下。外患はもちろん問題です。しかし私は何より、内憂について憂慮しております」
重々しく、それでいて鋼のような響きを持つ声。王国軍元帥、カスパリウス・ヴォル・ガイアだった。白髪を逆立て、顔中に古傷を持つ筋骨隆々の老人。王国最強の武人にして、秩序と規律を重んじる頑固一徹な軍人である。
「憂慮とは?」国王リチャードが疲労の滲む声で尋ねた。
「獅子身中の毒虫でございます!」
カスパリウスの視線が鋭く光った。彼が言わんとしていることは明白だった。ヘルゲート公爵家。あの制御不能な怪物一家こそが、この王国の平和を脅かす最大の脅威であると。
将軍たちが息を呑んだ。ヘルゲート家は危険だから排除すべきだ。そういった声は、決して表立って叫ばれるわけではないが、軍部内には確実に存在していた。カスパリウス元帥は、その筆頭だった。彼にとって、ヘルゲート家の混沌と邪悪は、生理的に受け入れ難いものだったのだ。
「あの者たちが野放しになっている限り真の秩序は訪れません。彼らの存在が他国に付け入る隙を与えているのです。帝国の密偵たちは我が国の内部分裂を嗅ぎつけている。今こそ、決断の時ではありませぬか」
リチャードはこめかみを押さえた。彼は全てを理解していた。カスパリウスの言うことは正論だ。だが、彼はヘルゲート家を排除するつもりはなかった。なぜなら、他ならぬレドラム公爵が、この状況を心から喜んでいるからだ。
(喜んでいるなら別にいいのでは?)
そんな思いがリチャードにはある。それに、ドラムを敵に回すことの恐ろしさを、リチャードは誰よりも理解していた。
「元帥、そなたの忠誠心は理解している。だが、ヘルゲート公爵は王国の……」
リチャードが言いかけた、その瞬間だった。
──ドォォォォン!
凄まじい爆音と共に、軍議室の重厚な扉が粉々に砕け散った。石の破片が飛び散り、将軍たちが慌てて身を伏せる。
「素晴らしい緊張感だ! まるで葬式のような雰囲気じゃないか! 諸君! 大切な誰かが亡くなったのかね? おめでとう!」
陽気で、それでいて腹の底に響くようなバリトンボイスが響き渡った。硝煙の中から一人の紳士が優雅に歩み入ってくる。
燕尾服を着こなし、綺麗に整えられた口髭を蓄えた情熱的な瞳の紳士──ヘルゲート公爵、レドラムその人だった。手にした起爆装置を隠そうともせず、満面の笑みを浮かべている。
「レドラム! またお前か!」リチャードが悲痛な叫びを上げた。「軍議の最中だぞ! いくらなんでも……」
「おや、これは失礼!」レドラムは全く悪びれることなく笑った。「てっきり私抜きで戦争の相談でもしているのかと思ってね! そんな楽しいことから仲間外れにされては、寂しくて死んでしまうところだった!」
カスパリウスが激昂して立ち上がった。
「ヘルゲート公爵! 貴様ァ! 神聖な軍議を汚すとは!」
カスパリウスの全身から発せられる殺気は、並の人間なら卒倒するほどだった。規律と秩序の権化である彼にとって、レドラムの乱入は許し難い冒涜だった。
だがレドラムはその殺気を浴びて今日一番の輝かしい笑顔を浮かべた。
「おお、これはこれは元帥閣下! ご機嫌麗しゅう! いやはや、素晴らしい憤怒の形相ですな! その血管、今にも弾け飛びそうだ! 実に健康的で素晴らしい!」
「黙れ、外道が!」カスパリウスは腰のサーベルに手をかけた。「ついさっきまで、貴様のような邪悪な輩を排除すべきだと進言していたところだ! 貴様のその常軌を逸した振る舞い、もはや看過できん!」
「私を排除? 素晴らしい!」レドラムは感極まった様子で両手を広げた。「これほどの嫌悪! これほどの敵意! 私に向けられるこの純粋な殺意! ああ、私は今、人生で最高の幸福を感じている!」
レドラムは恍惚とした表情で続けた。
「元帥閣下! 貴方のその凝り固まった秩序への執着、実に興味深いですな! まるで美しい彫像のようだ! だからこそ、それを粉々に砕いた時の快感は格別というもの! 貴方が私を嫌えば嫌うほど、私は貴方を好きになりますぞ!」
「黙れ! 黙れ黙れ!」カスパリウスは激昂のあまり、泡を吹きそうになっていた。「貴様のような奴と、同じ空気を吸うことすら耐え難い!」
「その言葉! 心に染み渡ります!」
二人の対立が最高潮に達したその時、伝令兵が息を切らせて破壊された扉から駆け込んできた。
「申し上げます! 緊急事態です! 東方、ドゥームズガル帝国軍が国境を突破! 我が国に向けて侵攻を開始しました!」
軍議室が騒然となった。カスパリウスは弾かれたように顔を上げた。
「なんだと!? ドゥームズガルが!?」
情報官が青ざめた顔で言った。「帝国は、我が国の内情……特に、ヘルゲート家と軍部の対立を察知し、今が好機と判断したようです……」
将軍たちの視線が、レドラムに集中した。お前のせいだ、と。
だがレドラム・ヘルゲート公爵はその場にいる誰よりも輝かしい、歓喜に満ちた表情を浮かべていた。
「戦争だ! 戦争が始まるぞ!」
彼は一人でワルツのステップを踏み始めた。
「ああ、なんて素晴らしい! ついに来た! 血と硝煙、死と絶望、そして何より、国家規模の巨大な混乱! これほどの悲劇、これほどの破壊、待っていたぞ!」
リチャードはこの悪夢のような光景を前に、頭を抱えた。
「もうだめだ……胃に穴が開く……」
「陛下!」カスパリウスが進言した。「今こそ決断を! この男を拘束し、軍の統制を……」
「いやいや、元帥閣下」レドラムが割って入った。「そんなことをしている場合ですかな? 十万の敵軍が迫っているのですぞ? それに」彼は不気味に微笑んだ。
「私を拘束したところで、私の愛する家族たちが黙っていませんぞ。ウェネフィカは毒を、デスデモーナは拷問を、それぞれ得意としておりますからな」
その名前を聞いて将軍たちの顔が青ざめた。ヘルゲート家の恐ろしさは、レドラム一人にとどまらないことを彼らは知っていた。
◆
ドゥームズガル帝国の侵攻は、電光石火の如く迅速だった。彼らは長年、この機会を窺っていたのだ。王国内部が揺れている──特に、あのヘルゲート公爵家と軍部との対立が深刻化しているという情報は、彼らにとって福音だった。
帝国の戦略は完璧に見えた。圧倒的な兵力、周到な準備、そして敵の不和という最大の武器。彼らは勝利を確信していた。
まずは調略からと、ヘルゲート家に反感を持つ貴族たち──特にカスパリウス元帥に近い貴族たちに密使を送った。
「あの忌まわしきヘルゲート家を排除したいのでしょう? もし貴殿らが決起し、あの狂人を討ち取るならば、帝国は全面的に支援いたしますぞ。カスパリウス元帥を新たな指導者として迎え入れる用意もある」
甘い言葉だった。帝国は、貴族たちがこの提案に飛びつくと信じて疑わなかった。だが、彼らは致命的な勘違いをしていた。
密使と接触したある侯爵は鼻で笑った。
「何を馬鹿なことを。ヘルゲート家は確かに鼻持ちならん連中だ。あの狂気、あの悪趣味、あの存在そのものが我々の誇りを傷つける。だがな」侯爵は冷たく言い放った。「彼らは『我々の』王国の問題だ。貴様ら他国の者に口出しされる謂れはない」
別の伯爵も同意した。
「そうだ。内輪揉めと売国行為は全く別物だ。それに、だ」伯爵は侮蔑の表情を浮かべた。「そもそも、ドゥームズガル帝国の軍服のデザインは絶望的にダサい! あの野暮ったい肩章と、無駄に派手な装飾! あんな美的センスのない君たちに支配されるなど、耐え難い屈辱だ!」
彼らはヘルゲート家を心底嫌悪していたが、それ以上に、王国への忠誠心と自分たちのプライドは高かったのだ。
調略の失敗を知った帝国皇帝は激怒した。
「ええい、あのプライドの高い貴族どもめ! ならば力で捩じ伏せるまで! 全軍に進撃を命じよ!」
一方、王城では緊急の作戦会議が開かれていた。破壊された扉は応急処置で塞がれ、地図を囲んで激しい議論が交わされていた。
「敵の主力は東部国境を突破する構えの様だ。直ちに全軍を動員し、迎撃体制を整えるべきだ」
カスパリウス元帥が、地図を睨みつけながら的確な指示を飛ばす。レドラムに対する怒りで発狂しかけたが、それはそれとして優秀な指揮官ぶりを見せている。
「補給線の確保が最優先だ。敵は長期戦を想定している」
「騎兵隊を側面に配置し、敵の進軍を牽制すべきでは」
将軍たちが次々と意見を述べる中、レドラムが突然手を叩いた。
「素晴らしい! 実に教科書通りの作戦だ! これほど退屈な戦略も珍しい!」
「貴様、また茶化すつもりか!」カスパリウスが怒鳴った。
「茶化す? とんでもない!」レドラムは陽気に言った。「私は真剣に提案しているのですぞ。この正々堂々とした作戦、実に結構。貴殿らはそのまま進めていただきたい。私は私で、もっと楽しい余興を準備させていただく」
「余興だと? これは戦争だぞ!」
「だからこそ余興が必要なのです!」レドラムは目を輝かせた。「さて、元帥閣下。貴殿は貴殿のやり方で存分に戦っていただきたい。正々堂々と、騎士道精神に則って。我々は我々のやり方で、この戦争を盛り上げさせていただきますぞ!」
「貴様ら外道の出る幕はない!」
「ほう? では、その誇りとやらで、敵の補給線を断てるのですかな? 敵の指揮系統を混乱させられるのですかな?」レドラムは皮肉な笑みを浮かべた。「貴殿には、華々しい勝利を飾っていただきたい。そのための下準備は、全て我々が引き受けましょう」
「貴様……!」カスパリウスは拳を握りしめた。レドラムの言葉は、彼のプライドを深く傷つけた。だが、同時に、それが効率的な方法であることも理解していた。
国王リチャードが重い口を開いた。
「レドラム、お前は一体何をするつもりだ?」
「ああ、親愛なる陛下!」レドラムは嬉しそうに振り返った。「心配ご無用! 私は単に、敵軍に少しばかりの『歓迎』をしてあげるだけですぞ。爆発と混乱と絶望の、素晴らしいパーティーを!」
リチャードは深いため息をついた。もはや止めても無駄だと悟っていたし──それに、レドラムが出るというのなら特に問題なく王国防衛は成るだろう、という信頼もあった。
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レドラムがヘルゲート公爵邸に戻ると、既に家族が集まっていた。
大広間には、妻のウェネフィカが優雅に紅茶を飲んでいた。長身で痩躯、まるで影が形を持ったかのような女性。その隣には、娘のデスデモーナが、手枷をはめられたエリアスとリリアーナを前に、何やら楽しそうに話していた。ちなみに手枷はデスデモーナの善意によって嵌められている。なぜそれが善意の行いになるか、そういった理屈は常人にはとてもはかりしれない狂気的なものなのだが。
「お帰りなさい、ダーリン」ウェネフィカが静かに微笑んだ。「戦争の知らせは聞きましたわ。素敵な贈り物ね」
「父様!」デスデモーナが歓喜の声を上げた。「戦争ですって? 本当に? ああ、なんて素晴らしい! 大規模な死と破壊! 考えただけで震えが止まらないわ!」
「そうとも、我が愛する家族よ!」レドラムは両手を広げた。「十万の敵軍が迫っている! これほどの規模の悲劇は、実に百年ぶりだ! 帝国は中々骨があるようで実に結構!」
「で、私たちはどう楽しむの?」デスデモーナが目を輝かせた。
「まず私は、敵の補給線を芸術的に破壊する」レドラムは楽しそうに説明を始めた。「橋という橋を、倉庫という倉庫を、美しく華麗に爆破するのだ!」
「私は毒を用意しましょう」ウェネフィカが静かに言った。「即死では面白くない。もっとじわじわと、精神を蝕む毒を」
「素敵!」デスデモーナが手を叩いた。「私も何かしたい! ねえ、捕虜の拷問は私に任せて! 新しい器具を試したいの!」
エリアスとリリアーナは震え上がった。この狂気の一家が、戦争を心から楽しもうとしている。
レドラムは愛おしそうに家族を見回した。
「ああ、なんて幸せな家族だろう! さあ、盛大に楽しもうじゃないか! カスパリウス元帥の苦悩も、敵軍の絶望も、全てが我々の娯楽となる!」
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レドラム・ヘルゲート公爵の「歓迎パーティー」は、翌日から始まった。
最初の標的は、国境近くの巨大な橋だった。帝国軍の補給路として最も重要な地点である。
「芸術は爆発だ! そして爆発は芸術だ!」
レドラムは、橋の上で、オーケストラの指揮者のようにタクトを振っていた。部下たちが橋の各所に爆薬を仕掛けていく。もちろん部下の面々もヘルゲート流の訓練を受けており、この手の工作はお手のものだ。
帝国軍の補給部隊が橋を渡り始めた瞬間、レドラムはフィナーレを飾るべく、起爆装置を押した。
──ドォォォォン!
凄まじい爆音と共に、橋は粉々に砕け散った。だが、それは単なる爆発ではなかった。色とりどりの煙が空に広がり、まるで芸術作品のような美しいキノコ雲を描き出していた。ピンク、紫、緑、そして血のような赤。レドラムが三ヶ月かけて開発した新型爆弾『虹色の終焉』の威力だった。
「素晴らしい!」レドラムは恍惚とした表情で叫んだ。「この破壊音! この断末魔! そしてこの色彩! これぞ戦争の醍醐味!」
彼は次々と橋を爆破し、倉庫を焼き払い、食料庫を破壊していった。
一方、ウェネフィカは独自の作戦を展開していた。
彼女が調合したのは特殊な毒薬だった──『照れ屋なバーサーカー』。それは服用すると一時的に超人的な力を得るが、その代償として理性を失い、自分の最も恥ずかしい秘密を叫びながら踊り狂うという恐ろしい毒だ。
服用して即死するような毒を彼女は好まないのだ。
ウェネフィカはこの毒を帝国軍の野営地の井戸や水源に密かに流し込んだ。
その夜、帝国軍の野営地は地獄絵図と化した。
「ぎゃああああ! 俺は実は、上官の妻と不倫していたんだ!」
ある兵士は、超人的な力で岩を持ち上げながら、自分の秘密を絶叫していた。
「私は幼い頃、妹のドレスを盗んで着たことがある!」
別の将校は、部下たちの前で泣きながら告白していた。
もはや軍隊としての体裁は微塵もなく、ただただ混乱と秘密の暴露に塗れた集団と化していた。
「あらあら、随分と賑やかですこと」ウェネフィカは遠くからその光景を眺めながら、静かに微笑んで言った。
「人間の心とは、実にもろいものですわね」と。
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夜半、変装を施したヘルゲート公爵家の実働部隊が次々に帝国軍へ潜入していく。彼らの目的は暗殺だろうか? いや、違う。
流言飛語だ。
「聞いたか? 帝国皇帝は実はヘルゲート公爵の熱狂的なファンらしいぞ」
「我々の指揮官は、夜な夜な女装して敵陣に忍び込んでいるらしい」
「この戦争に勝っても、報酬は支払われないそうだ」
馬鹿馬鹿しい噂ばかりだったが、毒と飢餓と恐怖によって判断力を失った帝国軍の兵士たちはそれを真に受けてしまった。
ヘルゲート一家の暗躍によって、帝国軍は戦う前にボロボロになっていた。
帝国軍がようやく国境地帯の平原に到達した時、彼らを待ち受けていたのは万全の体制を整えた王国軍だった。
その先頭に立つのは白銀の甲冑に身を包んだカスパリウス元帥である。王国最強と謳われるこの男は、元帥という身でありながら最前線に立つ。
まあ、この辺もレドラムが彼を気に入る理由の一つなのだが──
「全軍、突撃!」
カスパリウスの号令一下、王国軍が一斉に帝国軍に襲いかかった。
それはもはや戦いと呼べるものではなく、一方的な蹂躙だった。
混乱し、疲弊し、しかも未だに恥ずかしい秘密を叫び続けている帝国軍は、王国軍の猛攻の前になすすべもなく崩れ去っていった。
カスパリウスは自ら先頭に立ち、敵兵を次々となぎ倒していった。
「外道が! この屈辱、晴らさでおくものか!」
彼の怒りはレドラムに向けられていた。戦を穢されたような、そんな思いがあるからだ。そのはけ口として眼前の帝国軍が犠牲となっていた。
なお、戦場を見下ろす丘の上ではヘルゲート一家が優雅にピクニックを楽しんでいる。
テーブルには毒々しい色をした料理が並び、デスデモーナはエリアスとリリアーナに無理やりそれを食べさせていた。
「うむむむ……見事な粉砕だな!」
レドラムが感嘆の唸りを上げた。
「ええ、ダーリン」ウェネフィカも同意した。「特に、あの秘密を暴露しながら斬り殺されていく兵士たち。実に哀れで、美しいですわ」
「父様、母様! 私もあそこで遊びたいわ!」デスデモーナが身を乗り出した。
「こらこら、デスデモーナ」レドラムが優しく窘めた。「今日はカスパリウス殿が主役だ。我々は観客席で楽しむのが礼儀というものだよ。我々は脇役だ。そして、脇役というものは主役を飾る華であるべきさ」
そういいながらレドラムは懐から起爆装置を取り出し、ボタンを押した。
──ドォォォン!
戦場の上空で、巨大な花火が打ち上げられた。花火は空に、巨大な文字を描き出す。
『カスパリウス元帥、おめでとう! 貴殿の勝利は、我々の誇りだ! ──ヘルゲート公爵より愛を込めて』
カスパリウスは、呆然と花火を見上げていた。全身が怒りで小刻みに震えている。
「ヘ・ル・ゲ・エ・トォォォォォ!!」
老将の絶叫が、戦場に虚しく響き渡った。
無論嫌がらせではなく善意である。レドラムは心からカスパリウスの勝利を祝福している。
◆
王城では、盛大な戦勝祝賀会が開かれた。
帝国軍を撃退し、王国の平和は保たれた。カスパリウス元帥は救国の英雄として称賛された。
「元帥閣下、見事な勝利でした!」
貴族たちは口々にカスパリウスを褒め称えたが、彼の表情は晴れなかった。
その時、会場の一角から、陽気な声が響いた。
「いやあ、素晴らしい祝賀会ですな!」
レドラム・ヘルゲート公爵だった。彼はいつもの燕尾服姿で、満面の笑みを浮かべていた。家族を引き連れて堂々と会場に入ってきたレドラムを鋭く睨みつけるカスパリウス。
「ヘルゲート公爵……貴様、どの面下げてここに……」
「これはご挨拶ですな、元帥閣下!」レドラムはカスパリウスに近づき、親しげにその肩を叩いた。「貴殿の勝利、実に見事でしたぞ!」
「貴様らの助けなど借りておらん!」カスパリウスは激怒した。
「ほう?」レドラムは愉快そうに笑った。「では、あの補給線の破壊も? あの毒による混乱も? 全て貴殿の戦略だと? いやはや、さすがは元帥閣下!」
「黙れ、外道が!」
レドラムはその言葉を聞いて最高の笑顔を浮かべた。
「ふふふ! そのような事を言ってくださるとは! 我々の友情もこなれてきましたなあ!」
「誰が貴様などと友情など!」
二人のやり取りを見ていた国王リチャードは深いため息をつき、そっと胃薬を飲み込んだ。