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襲撃

 あの日──ヨウマと優香が出会った日。父たる俊二を除く三人は、ショッピングモールを訪れた。


「ヨウマさん、お幾つなんですか?」

「タメでいいよ、堅苦しいし……多分十六」

「多分、っていうのは?」

「捨て子なんだよね、僕」


 憐れむような、そして遠慮するような表情を見せた優香に対し、ヨウマは顔の前で蠅を払うような動作で応じた。


「別に寂しいとか考えてない」

「ごめんなさい。そうよね、憐憫なんて失礼だわ」


 カフェで買ったコールドドリンク片手に、一行はモールの中を歩き回る。やがて、優香はアパレルショップの前で止まった。


「ちょっと付き合ってくれる?」

「まあ……いいけど」


 彼女は飲み物をヨウマに預け、軽い足取りで服を見始めた。背の高い棚やハンガーラックのせいで、ヨウマは幾度も護衛対象を見失いかける。女性向けの店というのは、彼にとっては迷宮だった。キジマと冬治は外で見張りをしているから、頼ることはできない。


「こっちこっち!」


 声を探って追いついた場所は、試着室だった。オーバーサイズの白いTシャツにデニムのパンツを合わせた彼女が目の前にいる。


「どう?」

「どう、って……いいんじゃない?」

「本気?」


 当惑した彼を、優香の柔らかな微笑みが引き戻す。


「正直なんだ」


 愛嬌のある笑顔に、ヨウマは心臓を一突きされたような思いだった。よく整った顔立ち。背は低いものの、それが却って人形のような印象を彼に与える。


「買ったら、いいんじゃない?」


 何故だか真っ直ぐ見ることができなくなって、彼はそれだけ言った。


 そんな日常を続けた一週間。そのありふれていたが尊い時間は、一報によって崩壊した。


「クライアントが……死んだ」


 キジマの声は、いつもの軽いものではなく確かな重みを持っていた。使用人がちらりと部屋の中を覗いてきたので、近づかないよう冬治がハンドサインを送る。


「依頼はどうするの?」


 だが、それを聞いていたヨウマは淡々とした態度だった。興味がない、というよりは慣れている、と言った方が正確だ。


「矛先が優香様に向かう可能性があります。私の権限で、護衛任務の続行を認可させるつもりです」

「オッケー、いつも通りにしてればいいんだ」

「助かります」


 冬治は相変わらずジャケットの前を開けている。ヨウマが訊いた所によれば、いつでも拳銃を抜けるように、ということらしい。


「来るなら、今日っすかね」


 キジマの不穏な質問に、冬治が頷いた。


「情報が行き渡る前に強襲。あり得る話です。まずは──」


 そこで、インターフォンが鳴った。この状況だ。望まれた客人でない可能性は十分にある。


「行ってくる」


 ヨウマが進んで玄関へ向かった。左手で刀の鯉口を切り、右手でゆっくり扉を押す。瞬間、大上段から鉈が振り下ろされた。既の所でバックステップした彼の前で、重々しい刃がタイルを割る。


「出渕優香、ここに連れてこい」

「やだね」


 次なる一撃──それが繰り出される直前、ヨウマは刀を抜いていた。その勢いで右腕を斬り落とし、痛みが男を襲う瞬間に蹴り飛ばした。


 夜のように黒い刀身を血が滴り、綺麗に整えられた前庭に赤い汚れが落ちる。


「……オビンカ」


 少し距離が空いて、彼は相手の全身を見ることができた。灰色の肌と、頬の紅い甲殻。だが、それ以上に額から生える一対の角が目を引いた。オビンカ。彼らの言葉で『角のある人』を意味する種族だ。


「おうよ、ニーサオビンカ直々の命令だ……遠慮はしねえぞ」


 男は落ちた鉈を左手で広い、やせ我慢の笑いを見せる。次こそ首を刎ねるぞ、という気分だったヨウマだったが、その必要はなかった。


 背後から飛び出したキジマが、そのオビンカを殴り飛ばし、門の向こうへ追いやった。


「本命がいるかもしれねえ。ヨウマはお嬢様の所へ行ってくれ」

「オッケー。任せたよ」


 赤い血に濡れた刀を握りしめ、階段を駆け上がる。上の方から、ガラスの割れる音と、甲高い悲鳴が聞こえてきた。


「キジマの言う通り、ってわけか!」


 重い扉を蹴り破って、優香の部屋へ。鉈を持ったオビンカが、窓から入り込んでいた。総勢四人。その内一人の頭蓋を睨む。左手の指輪が輝き出すと、その掌の中に雷の槍が生成された。


「残念だったね!」


 彼に気付いたオビンカが、その槍に額を穿たれて倒れた。


「ガキがァ!」


 三人は優先順位を一瞬で決定し、少年に向かう。剣鉈──先の尖った鉈を振り回すも、掠りすらしない。


 ヨウマは見え見えの刺突を半身で躱し、手首を切断しつつ背後へ。そのまま脹脛を斬り付ける。立てなくなった所で、首を刎ねた。


 だが、そうやっている内に前後から挟まれてしまった。同じような黒いTシャツに、同じような頭頂部の角。おそらく血族だろう、と彼は判断する。連携を訓練してきた相手だ。


 双方が同時に動き出した。ヨウマは前から来た男の脇腹に刀を振るが、カキンという硬い感触があるだけで血の一滴も流れはしない。


(甲殻!)


 オビンカもニェーズの中の一種族だ。甲殻をどこかに持っている、というのは当たり前のことだった。


(なら、これを使うか!)


 再びヨウマの指輪が輝く。すると、刀身が真っ赤に変わり、熱を放ち始めた。


「まずい──」


 距離を置こうとした相手に、彼は何の躊躇もなく突撃する。赤熱化した刃は、スポンジケーキにナイフを入れたように甲殻を裂き、胴体を真っ二つにしてしまった。


「わ、悪かった!」


 生き残った最後の一人は、武器を捨てて跪いた。


「ニーサオビンカとはもう関わらねえ! 一生刑務所にいたっていい! だから、だから殺さないでくれ!」


 所謂土下座の姿勢に入ったそれの髪を掴み、ヨウマは顔を顔に近づけた。


「ニーサオビンカの、誰」


 オビンカの中のオビンカ、フロンティアセブンを含む周辺地域で最強とされる八人が、ニーサオビンカと呼ばれている。それは種族全体の意思決定機関としての役割も有しているのだ。


「ニーサオビンカ全体の決定だ! マジだ、これはマジなんだよ!」


 自分が聴いても栓のないことか、とヨウマはポーチから手錠を取り出してオビンカの両手に嵌めた。


「詳しいことは、偉い人が聞く。命乞いの練習でもしといた方がいよ」


 そう言い捨てて、ヨウマは優香の方へ向かった。ひどく震えて、涙を流していたが、声は出せない様子だった。


「こ、ころしたの」


 初めて言葉を発するような、たどたどしい声で彼女は言う。


「殺すしかなかった」


 それで堰が切れたのか、大声で泣き始めた。背中を軽く叩きながら待っていると、数人の大柄なニェーズと、冬治、そしてキジマが入ってきた。


「お嬢様!」


 冬治が優香に駆け寄る。


「冬治さん、移動しましょう。ここじゃ危険っすよ」

「安全な場所というと……」

「ユーグラス居住区。あそこなら、ニーサオビンカも手を出せねえっす」

「しかし、居住区はニェーズのための空間。地球人が受け入れられるかは……」


 刀を納めたヨウマが、どんと胸を叩く。


「僕と一緒なら誰も文句は言わないはず。状況が落ち着くまで、うちで保護するよ」

「助かります」


 立ち上がれない少女を抱えて、冬治は外の車へ向かう。二人もそれを追った。


「──つまり、俊二様は、暗殺されたのです」


 運転しながら、冬治が一言ずつを丁寧に発しながら優香に事実を告げた。


「……なんで」

「これから明らかになることですが……ヨウマさんの聞いたことが事実であれば、ニーサオビンカによる体制の転覆を志向したテロ、ということになるでしょう」


 後部座席の彼女は、隣に座るヨウマの手を強く握った。


「ヨウマ、殺して。パパを殺すことに関わった人、全員殺して」

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