202X年2月11日。建国記念日。
それと、ボクの誕生日。
久しぶりに山おじさんと会う日だった。
お祝いにって、丼物屋さんに連れて行ってくれるって言うから、ボクは朝からワクワクしてた。
夕方、駅前にある古びた店に入った。
「いらっしゃい!」
元気な声で、ちょっと太った店主さんが迎えてくれた。
中は静かで、お客さんはボクたちと、カウンターの端っこに座ってる中年のおじさんだけ。
ボクたちはカウンター席に腰を下ろして、メニューをめくった。
「ボクは牛丼がいいな!」
「じゃあ、わしは……親子丼にしようかの」
そう言って、山おじさんは笑った。
ボクは元気よく店主さんに注文した。
「牛丼ひとつと、親子丼ひとつお願いします!」
……すると、店主の顔がちょっと曇って、頭をかいた。
「すみません。親子丼の肉が切れちゃってて、今は出せないんですよ」
ああ、残念。
山おじさんはちょっとだけ考えてから言った。
「じゃあ……他人丼ってのは、できますか?」
「ええ、そちらならすぐにお出しできます」
うなずき合って注文を終えると、店主は奥の厨房に入っていった。
ボクのお腹はペコペコで、しばらくして出てきた牛丼に夢中になった。
甘辛くて、柔らかくて、すごく美味しい。
「うまっ……!」
だけど、山おじさんの他人丼はなかなか来なかった。
時計の針が少しずつ進んでいく。
やがて、店内のもうひとり――あの中年のおじさんが席を立ち、奥のトイレに入った。
店の中には、ボクと山おじさん、ふたりだけになった。
牛丼を食べ終えても、まだ他人丼は来なかった。
やっと、厨房の奥から店主が戻ってきて、笑顔で言った。
「お待たせしました。他人丼です」
山おじさんはちょっと驚いた顔をしたあと、黙って箸をとった。
でも、一口食べたところで、手が止まった。
「……どうしたの?」
ボクが聞いても、山おじさんは何も言わず、じっと丼の中身を見つめたままだった。
そのとき、新しいお客さんが店に入ってきた。若い男の人だった。
「すみません、親子丼ください」
すると、店主はにこやかに言った。
「まいど。今しばらくお待ちを」
……おかしい。さっき、親子丼は肉が切れて出せないって言ってたのに。
ボクが疑問に思っていると、山おじさんが突然財布を出し、1万円札をカウンターに置いた。
「親父、釣りはいらん。ごちそうさまでした」
そして、残った他人丼には一切手をつけず、ボクの手をつかんで店を出た。
外に出た風が冷たかった。
「どうしたの、山おじさん。なにかあったの?」
そう聞くと、おじさんはしばらく黙ってから、ぽつりと口を開いた。
「……あの肉、昔、海外で食べたことがあるんだ。戦争の跡地でな……」
「え?どういう意味?」
「悪いことは言わん。ボク、あの店には二度と行っちゃいかん。絶対にだ」
その言葉の迫力に、ボクはうなずくしかなかった。
――次の日、丼物屋は跡形もなく消えていた。看板も、店も、まるで初めから存在しなかったみたいに。
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他人丼 完
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📌ネタバレ解説・考察
• 「他人丼」=“他人の肉”
• ボクと山おじさんが来店したとき、客は3人:ボク、山おじさん、中年男性。
• 他人丼が出てこなかったのは、「他人」がまだ“生きていた”から。
• トイレに行った中年男性が戻ってこなかったのは…彼が「材料」にされたから。
• そして新しい客が「親子丼」を注文できた理由は、「親」と「子」がそろっていたから。
• 山おじさんは昔に“人肉を食べた記憶”から、その味を思い出してしまい、すぐに店を後にした。
• 店が翌日消えていたのは、移動式の闇店か、存在そのものが“異界”だったのかもしれない。