20〇〇年3月1日
昼下がり。
ボクは居間でひとり、のんびりと漫画を読んでいた。
お父さんもお母さんも、山おじさんも出かけていて、家の中には誰もいない。
そんなとき、背中が急にムズムズしてきた。
「あー……かゆい……」
自分の手ではどうしても届かない場所だ。
ボクは壁にこすりつけたり、ひねったりしてみたけど、どうにもならない。
「孫の手、どこいったんだっけなあ……」
先週から見つからなくなっていた。探しても、押入れにも棚にもない。
すると、その時だった。
──コツ、コツ。
背中の一点に、何か硬いものが軽く当たった。
「あ……そこ……そこだ……」
ちょうどかゆい場所にピタリと命中した。
それは、あまりに絶妙な場所と強さで、ボクは思わず目を細めてうなった。
かゆみがスーッと引いていく。
まるで、誰かがすぐ後ろで、静かに、丁寧に、ボクの背中をかいてくれているかのようだった。
気づくと、ボクのそばに孫の手がぽつんと置いてあった。
⸻
それからずっと年月が経った。
ボクはすっかり歳をとり、白髪も増えた。
腰も曲がって、足も遅くなったけど──今はかわいい孫娘がいる。
「おじいちゃーん」
まだ幼稚園の年長さんだけど、もうしっかりしていて、いつもボクを気遣ってくれる。
「んん……また背中がかゆくてな……」
「わかった!わたしがかいてあげるね!」
孫娘はどこからか、すっと孫の手を取り出してきた。
それは、あの日見失った、あの頃と同じ形のものだった。
「あぁ……そこ、そこじゃ……」
思わず声が漏れる。
心地よさの中で、ふと、昔の記憶がよみがえった。
あの日、ひとりの居間で、誰かがボクの背中をかいてくれた……。
「おじいちゃん、いつでもかいてあげるからね」
ボクはその言葉に、ただ静かにうなずいた。
⸻
孫の手 完
⸻
ここからネタバレ解説と考察だよ。
カウント0になるまでスクロールしてね。
3
2
1
0
【ネタバレ解説・考察】
子どもの頃、家に誰もいないはずなのに背中を“かいてくれた”存在がいた。
その時、誰もいなかったはずの家で、自分の背中にふれてきた“何か”。
時を越えて、孫娘が現れ、同じ場所を、同じ道具で、同じようにかいてくれた。
しかも孫娘は、その“見つからなかったはずの孫の手”の在り処を、なぜか知っていた。
──もしかすると、あの時ボクの背中をかいてくれたのは、未来から来た孫娘だったのかもしれない。
時間を超えて、優しさだけが、届いていた。
それが「意味がわかると少し怖くて、少しあたたかい」話。