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第13話「孫の手」

 20〇〇年3月1日


 昼下がり。

 ボクは居間でひとり、のんびりと漫画を読んでいた。

 お父さんもお母さんも、山おじさんも出かけていて、家の中には誰もいない。


 そんなとき、背中が急にムズムズしてきた。


「あー……かゆい……」


 自分の手ではどうしても届かない場所だ。

 ボクは壁にこすりつけたり、ひねったりしてみたけど、どうにもならない。


「孫の手、どこいったんだっけなあ……」


 先週から見つからなくなっていた。探しても、押入れにも棚にもない。


 すると、その時だった。

 ──コツ、コツ。

 背中の一点に、何か硬いものが軽く当たった。


「あ……そこ……そこだ……」


 ちょうどかゆい場所にピタリと命中した。

 それは、あまりに絶妙な場所と強さで、ボクは思わず目を細めてうなった。

 かゆみがスーッと引いていく。

 まるで、誰かがすぐ後ろで、静かに、丁寧に、ボクの背中をかいてくれているかのようだった。


 気づくと、ボクのそばに孫の手がぽつんと置いてあった。


 ⸻


 それからずっと年月が経った。

 ボクはすっかり歳をとり、白髪も増えた。

 腰も曲がって、足も遅くなったけど──今はかわいい孫娘がいる。


「おじいちゃーん」


 まだ幼稚園の年長さんだけど、もうしっかりしていて、いつもボクを気遣ってくれる。


「んん……また背中がかゆくてな……」


「わかった!わたしがかいてあげるね!」


 孫娘はどこからか、すっと孫の手を取り出してきた。

 それは、あの日見失った、あの頃と同じ形のものだった。


「あぁ……そこ、そこじゃ……」

 思わず声が漏れる。

 心地よさの中で、ふと、昔の記憶がよみがえった。


 あの日、ひとりの居間で、誰かがボクの背中をかいてくれた……。


「おじいちゃん、いつでもかいてあげるからね」


 ボクはその言葉に、ただ静かにうなずいた。


 ⸻


 孫の手 完


 ⸻


 ここからネタバレ解説と考察だよ。

 カウント0になるまでスクロールしてね。



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【ネタバレ解説・考察】


 子どもの頃、家に誰もいないはずなのに背中を“かいてくれた”存在がいた。

 その時、誰もいなかったはずの家で、自分の背中にふれてきた“何か”。


 時を越えて、孫娘が現れ、同じ場所を、同じ道具で、同じようにかいてくれた。

 しかも孫娘は、その“見つからなかったはずの孫の手”の在り処を、なぜか知っていた。


 ──もしかすると、あの時ボクの背中をかいてくれたのは、未来から来た孫娘だったのかもしれない。

 時間を超えて、優しさだけが、届いていた。


 それが「意味がわかると少し怖くて、少しあたたかい」話。

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